第二話
クレイジーな連中は人類が地球を汚したと喚いたが、適切ではないだろう。
かつて暦の無かった地球はマグマに覆われ、生命が営める場ではなかったが、徐々に、少しずつ変わった。
ある植物は二酸化炭素を酸素に変え、ある動物は植物を土に変えた。
進化と繁栄には必ず環境改変を伴う。
人類は地球環境を繰り返し激変させたが、人類自身が環境の悪化と認識したことがクレイジーであったし、気付きながらも自分の首を絞め続けるのも剣呑すぎた。
温暖化、資源の減衰、それらによって人類自身が最もエンドマークが近付いている。
天然・自然はその悪化した環境をリセットできる生命を生み出すことはなかったが、
母たる地球が生まないならば、ならばこそ、人類自らが父となるべく、“そいつら”を生み出した。
プラスチックを食べ、石油を生む虫を。
錆びた合金を食べ、元の金属に分離する虫を。
核分裂を終え放射能をまき散らすだけの汚物を食べ、新たな高品質燃料を生み出す虫を。
狂科学と囁かれたDNA改造実験の末、幸福と発展を生む化学となった虫たち。
人々は、昆虫の救世主、救世虫と呼んだ。
温暖化による異常気象、資源の枯渇、経済破綻。
“ハッカイ”と呼ばれたある男の研究によって生み出されたインセイヴァーは世界を救ったように見えた。
多くの絶滅的不安から解放された人々は、清々しい朝に目覚め、安寧の夜に眠った。
理想的な世界。終わることのない栄光のとき。
――だが、それ春はかりそめの春。人類の冬はすぐに訪れた。
人類の冬はインセイヴァーたちにとっての春、人間たちの希望を絶望色に枯れさせる。
自然の摂理から離れ、寿命や成長限界を取り除かれたインセイヴァーは、人間より大きく、人間より長く稼働し続けられる。
そして、人間より賢い個体が多数生じるまで時間が掛からず、人類の支配から逃れるのも、正に“自然”だった。
天然・自然が生み出すことがなかった、人類の汚染を中和できる生物。
しかしそれは、また、天然・自然が生み出さなかった、人類の天敵であり、それを自ら作り出してしまったことに人類が気付いたとき、全てが遅かった。
古典的な怪奇映画のような、安易なまでの惨劇。
血糊を付けすぎたようなスプラッタは、悲鳴を上げさせない早業で死体を量産した。
抗おうにも、宣戦を布告することなくスタートダッシュで虫たちは多くの兵器を食い尽くした。
平和な時代の安寧の泥濘、腐り切った人類たちは、昆虫たちにとっては餌食にすら値しない、肉塊だった。
人類も“ジンキ”による対抗は続いたが、それも散発的な消耗戦でしかなく人類は大地の支配者の座をインセイヴァーに譲り渡した。
ひとりの王を中心に、八体の統率者が率いるインセイヴァー。
既に制作者である“ハッカイ”は死んでいたし、対抗手段は“ジンキ”という超能力を使う“クザン”の一族と仲間たちのみ。
そのクザン一族の孤軍奮闘の日々が、どれほどに続いたか記すヒトはいない。
月日、年月、日々。
時間経過を表す語句は多様に存在するが、その多くが天空の星々に起因していた。
生きる義務に追われて朝の来訪と恐怖と共に夜を過ごす時代、尊厳を保った最後の人類は、地下に隠れて空から離れ、全ての暦は再び意義を無くしていた。