第一話
当作品は以前投稿した作品( https://ncode.syosetu.com/n5117ef/)のリメイクです。
それ以上でもそれ以下でもありませんので、『あれ、読んだことある?』となったら正しいです。
この“家”の中が、彼女の世界の全てだった。
数百人の顔見知りしか居ない彼女の世界。
屋根は空で、壁が地平線のことと教わることなく思っていた。
だが、父親は事実を知っておけと、ある日、語り出した。
同時にそれは兄の仕事、つまるところ全人類で唯一の、“狩人”という仕事を理解することとなる。
「――燕姫、我々が生活している家は……地下シェルター。種としてのヒトが生まれた場所の下にある」
「下?」
「本当の空は果てしなく遠い。ずっと、ずっと上の、宇宙というところまで広がっている」
「上??」
見たことのない彼女には全く理解できないことだった。
生まれながらにシェルターに住まう彼女の世界は“平面”であり、一番下というのは下水処理機関、一番上というのは空調機関のこと。
スペースとして彼女は自分の頭の先から足の先までを指す上下という言葉と、上と下、その概念がどう違うのか分からなかった。
そんな彼女に、父親が見せたビデオは、あまりにも途方の無い、見たことのない“世界”だった。
乱立したビルディング、シェルターに住んでいる何倍もの人間が色々な服装でアスファルトを歩き回る。
見たことも無いほどたくさんの大水の中、何匹もの奇妙な動物が泳ぎ回っている。
このとき、彼女は人生で初めて泳ぐという言葉をサカナという言葉と一緒に学んだ。
このシェルターの中では泳げる場所なんて、一か所も無いのだから。
一番の驚きは――空だった。
赤になったり、青になったり、黒くなって、白くなり、また青くなる。
果てしなく広がり、境界も無く、全ての人々が同じ空の下で笑ったり泣いたりしている。
世界、という言葉が、自分の感覚以上の大きなものであることを、小さな小さなビデオ映像から、彼女は初めて理解した。
「人間はたくさん昔――本当にいっぱい昔、地上で霊長類と名乗っていた時期が有ったんだ」
「れーちょーるい?」
「サカナや他の動物たちより偉い、って意味なんだ。
それで何百億って数まで増えたんだけど、それが増えすぎちゃって、色々足りなくなったんだ」
「空気とか、水とか?」
「……それもだね。シェルターの循環システムなんかよりずっと地球は多くの水と空気を生み出せたけど、人類はそれでも足りないくらい増えちゃったんだ。
道具も足りない、何も足りない、それでこれを作り出したんだ」
そういって父親はコップを持ち上げ、これもね、と自分のメガネをトントンと叩いた。
彼女はメガネやコップを作って何が駄目なのだろうと思ったが、少し考えてから、アッっと手を挙げた。
「プラ“ッ”チック?」
「うん、プラ“ス”チックだね。
プラスチックは使いやすいけど、みんな再利用できなかった。しなかった。
コップ一つのプラスチックを原料の油に戻すのに、コップ二個より多い原料を使ってしまった。
昔の人は、コップを再利用するより、新しい油でふたつコップを作ればおカネが儲かる、と考えたんだ」
「オカネ?」
「うん、昔に有った色々な物に交換できるカードだよ。
例えば、チーズひとつとパンひとつ、どっちが貴重かを話し合ったら大変だろう?
だからパンひとつが百オカネなら、チーズひとつは百二十オカネ、といった具合に最初に決める仕組みだよ。
ただ、昔はこれが多すぎて……間違いをたくさんした。
地球のためには、再利用できない・しないプラスチックを作るべきではなかったのに、人類はオカネを稼ぐために、作りすぎた」
彼女はこのとき、昔の人はバカだったのだな、と思った。
どうしてオカネなんて物のために、そんな不便な物を作ったのかと思い、人間が増えすぎれば、お互いに気を遣ってしまうものなのだろうかと。
人間は、きっと、自分たちが特別な動物だと思いたかったし、思っていたのだろうと、父親は娘に語ったし、娘も思った。
「……もう、この星には人類は私たちしか居ないのかもしれない。
だから……お前の兄も……鴉主も――」
「兄さんが?」
噂をすれば影が差す。
シェルターの“外”から戻って来た兄、鴉主は行くときよりも増えた左目のキズを自慢げにしつつ笑った。
「勉強中にの妹に、お肉を差し入れだぜ?」