愛す
ぼくは冷蔵庫を開けて、そこにあるアイスを取り出した。大好きなチョコレート味のアイスを取り出すと、それを机の上に起き、少しの間、アイスの隣にあったそれを眺めていた。
冷蔵庫を閉めると、またあの時の記憶が蘇ってくる。それから、血の匂いと、君の匂いの混ざった、不思議な、そして妖艶な匂いも。
「そろそろ、処分しないとまずいよな。」
そんなことはだいぶ前からわかっていたが、やっぱり諦めきれず、1ヶ月たった今も冷蔵庫の中にずっとしまっていた。
愛しくて、恋しくて、どうしても取っておきたくて、自分のものにしたくて。
いつのまに自分は狂ってしまったのだろうか。人を愛することはこんなにも人を変えてしまうのか。
ぼくは人を愛したことも、愛されたこともない、世間的に言えば可哀想な人間だった。
ぼくの両親は幼い頃に死んだと言う。だからぼくは両親のことをほとんど覚えていない。親の代わりに育ててくれた親類も、客として扱うか、もしくは家政婦。ぼくを家族として扱ってくれた人は誰一人としていなかった。
ぼくはずっと人を殺してきた。殺し屋という訳では無い。ただぼくは殺したいから殺すだけだった。
ルックスも悪くないから、少しお洒落して、親切にすれば女もすぐに寄ってきたし、そのままホテルに連れ込み、愛のない行為をすると、捨てるように帰りに殺す、ということを繰り返してきた。
でもぼくは、どこか悲しかった。殺しばかりにはまり、生に無頓着な自分を心のどこかで嫌っていた。
それでも君はぼくにも優しくしてくれて、生きていていいと言ってくれた。
そんな君に恋をした。
ぼくにとって、初めての恋だった。やっとまともに人を愛せたと思った。
ぼくだって普通の人間なんだと。
でもぼくの愛は伝わることがなかった。
君には好きな人がいた。ぼくはそれを知っていた。
だからこそ、君をぼくのものにしたかったんだ。生死は問わず、例えその方法が正しくなくとも。
「ピーンポーン」
チャイムが鳴らされる。
大家さんかな、そう思ってドアにある穴から覗くと、そこには警察官が、それも5人いた。
懐に銃と包丁を忍ばせてチェーンを外さずにドアから顔を覗かせると、
「警察の者です、ちょっと部屋の中を調べさせてもらってもいいですか?」
と図々しくもぼくのモノを奪おうとしてくる。
「な、なんなんですか?」
一応ぼくは驚いたフリをした。正直こんなことは初めてだが、前に殺しを手伝ってくれたヤツがこういう時はとりあえず驚いておけばいいと慣れた手つきで後片付けをしながら教えてくれた。
「少し、ね。君には署まで同行して貰いたい。」
そうやってぼくのことを青年だからと見下してくる。
「別にやましいことなんて何もやってないっすよ」
ぼくは知らないという体を突き通そうと思った。やましいことなんて山のようにしている。
「じゃあ、入れてくれてもいいだろう?」
警察官は面倒くさそうにそう言った。
「しゃーないっすね。はい。好きなだけ調べてってください。」
ぼくは仕方なくチェーンを外すと、ドアを開けた。
それと同時に警察官が家に入ってきて、僕を取り押さえた。
「な、何するんすか!!」
ぼくは慌ててそれを解こうとする、フリをした。そうしているうちに、2人の警察官がぼくの部屋を物色し始める。
「きみ、名前はなんていうんだい?」
左腕を持っている警察官がぼくに聞いた。
ぼくはただ黙っていた。
次が、チャンスだと思う。それを逃せば、君はぼくのものじゃなくなる。
「おいおい、名前も答えられな…」
右腕を持っていた警察官に一発自己流のエルボーアタックを食らわすと隠し持っていた包丁を取り出し、心臓から腹にかけて刺した。
すると左腕を持っていた警察官が、こちらに向かってパンチを繰り出してくるから、左手にこれまた隠し持っていた銃を持つと、脳天をぶち抜いてやった。
さらに物色していた2人もこちらに向かってきたから、1人は包丁で喉を刺し、1人は心臓を銃で撃った。
「警察官が、一介の青年にも勝てないなんて、日本の警察も廃れたもんだねぇ」
ぼくは"いつものように"狂気じみた笑みを浮かべると、家の前で待っていた警察官を家の中に引きずり込むと、腹を包丁で刺しながら、銃口をそいつの頭に付けた。
「…こ、んな…ことをし、て…許され…ると、思うな…よ…」
そんな馬鹿げた言葉が最期の言葉か。
「思ってねぇよ。そもそも許される気がねぇからな。お勤めご苦労様。」
ぼくはそう言って、銃の引き金を引いた。
力なく倒れていく警察官は、死の美学とも言うべき曲線を描いて床に崩れ落ちた。
美しく、儚く、それはぼくに君のときを思い出させた。
「さて、どうすっかな、これ…」
ぼくは、警察官の死骸を見つめ、食べかけのアイスのことを思い出した。
さっき殺した警察官を川の字に並べると、それを見ながら、もう溶けてしまったアイスを黙って食べた。
「最後の晩餐、か。」
それがこんなアイスなんて、思いもしなかった。
「自分を殺すのも、楽しそうだな。」
ぼくは少し口角が上がっている自分に気づき、自分の狂気に笑いが止まらなかった。
ドロドロに溶けたアイスを食べ終わり、その残骸をゴミ箱に捨てると、もう一度冷蔵庫を開け中にある君の顔を見つめた。
「君は一生ぼくのものだからね。」
これからぼくは、最後の殺人を犯す。
(終)
ご無沙汰しております、このアカウントを始めてから初の新作でございます。
なにせ病み期の深夜テンションで書きましたので、だいぶ危ないやつになっておりますが、ぜひコメントや感想いただけると嬉しいです。




