九拾八 サイレントキラー影法師
二階は真っ暗である。
「安太郎さん、ちょっと待って」
おれは懐中電灯を持って引き返すと、再び木製の蓋を押し上げた。
それは蝶番も何もなく、ただ上から被せているだけの代物で、本当に呆気なく開いたのだった。
恐れていたような黴や埃の匂いは殆どしない。
閉所恐怖症のおれは懐中電灯の明かりを頼りに、先ずは窓と窓、雨戸という雨戸を片っ端から開け放した。
階段の上り口は手摺で囲われており、上りついて直ぐの所は廊下と物置、東側は洋間となっている。洋間には、安太郎さんのものとおぼしき蔵書が本棚から溢れ出し、床の上にまで所狭しと置かれていた。
南側は、一階と同じく二間続きの和室である。畳や襖は経年劣化でそれなりに傷んだり、色褪せたりしていたが、それほどひどくはない。
そう言えば、初めてこの家を訪ねて来た時、化野が言っていたっけ。時々は風を通しておかないと、いろんな蟲が跳梁跋扈して困ると。
埃や蜘蛛の巣だらけになっていないところを見ると、化野が定期的に手入れをしていたのかもしれない。半妖で一筋縄ではいかない奴ではあるが、何らかのトラブルを抱えているものたちにとっては、信頼もでき、重宝もしている相手なのかもしれぬ。
影法師が物置で、こっちに来いというような仕草をしている。
行ってみると、古いトランクが置かれてあった。しっかりと施錠されているようであったが、促されて金具部分に軽く手を触れると、ボロリと崩れるように落ちてしまった。
「いいんですね?」
恐る恐るトランクを開ける。
先ず目についたのは、人形の首だった。
虚ろな目に、黒いぼうぼうの髪。
予想どおりである。
「これは、下にある人形の手の主に間違いないですね?」
そう尋ねると、即座に頷く。
「そして、例のわらわんわらわの――」
腕組みをした後、これにも首を縦に振る。
人形の首のほかにあったのは、古めかしい帳面だった。それを手に取り、影法師のほうを振り返ると、構わないという素振り。
開いてみると、一枚の紙きれが挟まっている。
中にはこのような文句が綴られていた。
月光しんしんと冴えわたり
サトイモの葉には小さな雫
鈴虫がリーリーリーと鳴く
サトイモが私を見て
月と自分とどっちが奇麗かと尋ねたので
お前はあまたの露を宿し
露は月の光を宿している
だからお前のほうが奇麗だよ
と答えたら
不意にその大きな葉を揺らし
ぽたりと一滴 雫を落とした
鈴虫が鳴く
空には満月
地には亡骸
おれは驚き、思わず影法師を振り向いた。
「あんた、……ひょっとして人を殺したのか? いや、まさか……」