九拾七 封印されたもの
おれは影法師の前に戻って言った。
「さあ、安太郎さん、もうそろそろいいんじゃないですか? さっきは、問い詰めるような言い方をして悪かったと、反省しています。でも、僕は皆さんを何とかして助けてあげたい一心だったものだから」
向こうはこちらの言うことが聞こえているのかいないのか、ただ人形の手を見つめているばかりである。
「その人形は、今も神社の本殿に封印されたままです。然し、封印されたのはその人形だけじゃない。安太郎さん、あなたもです。あなたは自らを影として封印してしまった。一体、それは何故なんですか?」
また相手を問い詰めるようなことをしていることに気付き、おれは一瞬押し黙った。
軽トラックは、寅さんがまた盆と正月が一緒に来たように大騒ぎしながら取りに来るだろう。
おれは少し焦っていた。
「それに、もう一人――」
なるべく穏やかな口調になるように、ゆっくりと口を開く。
「それは清さんです。彼女もこの世に思いを残したまま、今も冥府に閉じ込められたままです。あの人も解放してあげねば。それができるのは、安太郎さん、あなただけなんです」
実はもう一人、大事な存在を見落としていたが、その時は気付かなかった。影法師は顔を上げると、何か言いたげに、こちらをじっと見つめてくる。
「やっと、話しをされる気になったんですね? どうぞ聞かせてください」
すると影法師は、いったん自分の口の辺りを指差すと、その手を左右に振った。
「そうか――。やはりあなたは口が利けないんだ。特高警察から受けた拷問のせいなんですか?」
相手は大きく頷いた。
実は、このことはある程度予想していたのである。然し、これでは何も聞き出せない。
おれはしばらく考えた末、思いついたことを言った。
「それなら、筆談ということでいかがでしょうか」
筆記用具を取りに行こうと立ち上がりかけたら、影法師が首を振る。
何故だろうと相手を見つめていると、人形の腕を指差した。次に自分の両手を広げ、ここに置いてくれというような仕草をする。
そう言えば、さっきは受け取ろうともしなかった……。
不審に思いながら、相手の要求どおりにしてあげたら、人形の腕は両方とも影法師の掌をすり抜け、畳の上にぼとりと落ちてしまった。
筆を持とうとしても、同じ結果になるということなんだろう。
やはり、打つ手なしということなのか――。
影法師は、やおら立ち上がる。
また行ってしまうのか? あんたもおれと同じように自分自身と真剣に向き合おうともせず、こそこそ逃げて行こうとするのか?
すると、影法師は襖の所で立ち止まり、こちらを振り返った。
何をしてるんだ、ついて来ないのかとでもいう風に。
おれは立ち上がり、その後を追った。
例の階段の所で、またこちらを振り返る。
しかし、二階の入口には木の蓋がされてある。以前撤去しようとしたら、転がり落ちて危うく大怪我を負うところであった。
影法師はそれでも、ついてこいという仕草をする。
「分かったよ」
おれはそう言うと、後に従った。
影法師は、木の蓋をすっと通り抜ける。
おれは一瞬怯んだが、試しに手で押してみると、この前とは打って変わって、それは簡単に開いたのだった。




