表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/514

九拾六 影法師との対話

 程なくして、影法師が現れる。


「君を待っていたんだ」

 と、おれはすかさず言った。

「何か話したいことがあるんだろう? 座敷のほうに行こうじゃないか」



 彼に上座を勧めると、素直に従い端座する。おれもその対面で、彼と同じようにきちんと両膝を揃えて座った。

 今日こそ、彼としっかりと向き合って、話を聞きださなければ――。

 おれはそう(はら)を決めていたのだった。


「本当なら、君がここの当主だったはずだ。そうだろう?」

 と聞くと、黙って頷く。


 やはりそうだったのか。

 今まであれほど頑なに意思の疎通を拒んでいたのに、今日は若干、それが和らいでいる。


「そうと分かれば、今からあなたのことを、安太郎さんと呼ばせていただきます。いいですね?」

 それには応えないまま、しきりに床の間のほうを振り返っている。どうやら、古備前の中身を気にしている様子。


 おれは彼の脇を回り、早速、壺の中から人形の腕を出してやった。

「あなたはこれに心当りがあるはずだ。そうでしょう?」

 向こうは相変わらず黙ったまま、食い入るようにそれを見つめている。


 おれは辛抱強く尋ねた。

「あなたも一緒に聞いていたようだったが、例のわらわんわらわ、あの妖怪の正体は、市松人形だった。この腕は、その人形のものでしょう? 違いますか?」


 すると彼は、また以前のようにぷいと横を向いた。

 そこでおれは、はっとした。


 さっきからおれは、立て続けに問い質すような真似をしている。しかも、一方的に決めつけるような言い方で。

 こんなやり方は良くない、と気付いたのだった。


 コミュニケーションには、沈黙も必要だ。

 こんな時に苦沙弥先生なら、朝日でもすぱすぱ吸いながら悠然としているのだろうが、煙草を喫わない自分はそうはいかない。


 手持無沙汰になったおれは、人形の腕を影法師の前に置いてやると、キョロキョロ部屋を見回した。見回したって、毎日起居している自分の部屋だ。何にも変わりようがない。


 あっ、そうだ――。キンケツの奴に遠慮して、今朝はまだ雨戸を開けていなかった。

 影法師にはいくら陽が当たったって、影法師のままだ。

 おれは遠慮なくガラガラと音を立てて、全ての雨戸を開け放した。


 庭には、寅さんの軽トラが停まったままだ。昨日の宴会で使った座卓やらは、既に荷台に積まれ、ブルーシートが掛けられてある。

 

 すると、雀が数羽、チュンチュン鳴きながら飛んできて、四つ目垣に止まった。首を(かし)げながらこちらを見ている。

 清さんが、何時も御飯粒を撒いてやっているのだ。


 台所から御飯粒を取ってくると、清さんの真似をして盛大に撒いてやった。

 たちまち雀どもが群がる。チュンチュン、チュンチュンとうるさいことだ。


 デカいのが飛んできたと思ったら、今度は鳩だった。こちらは鳴き声を立てることもなく、静かに御飯粒を(ついば)んでいる。

 まあ、こんな田舎だから、近所迷惑になることもあるまい。


 寅さんが来たら、捕まって食べられるかもしれないから、ハト君、気を付けろよ、とおれは心の中で祈った。


 影法師は、相変わらず腕組みをしたまま、じっと考えている様子。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ