八拾九 金々先生、噴水と化す
「神職の資格は持っている。しかし、ネギだからな」
「葱……ですか?」
「そう、禰宜だよ。宮司の補佐をすることになっているが、本殿には入れない。それに、俺には婆様や、お袋のような霊力はない。と言うか、うちの家系では、生まれつき霊力を持っているのは、女だけなんだ。お袋があんなになったから、心配だ」
「寅ちゃん、初めて聞く話だけど、それは何を意味するんだい?」
米さんも心配そうな顔をする。
「俺には息子しかいない。だから、あの人形は、お袋の代で何とかしておかなければ、大変なことになるんです」
「大変なことって?」
「あれは、恐ろしいほどの怨念を抱いていた。お婆様がそれを鎮め、祟り神として祀ったんだ。お袋がそれを引き継ぎ、母子二代でこの地の平穏を守ってきた。
もしお袋が死んだら、男の俺では、あの神域に人形を閉じ込めておくことはできない。お袋がまだしっかりしていた頃、そう言っていたんです」
「おお、怖! それじゃあ、また昔のように、首と手のない人形が出没するようになると言うのかい?」
「それだけじゃない。元々あそこで祀られている神様は、大国主命だ。大国主命と言えば、最強の祟り神ですからね。その怒りまで呼び覚ます可能性があるんです」
すると突然、
「ううっ」
という声が聞こえた。
皆がぎょっとして、声のする方向を見ると、キンケツが柱に寄りかかったまま、呻いている。金縁眼鏡がすっかりずれていて、顔は真っ青である。
「ううっ」
とまた呻くや否や、天井を向いて噴水のように嘔吐した。
いやはや、実に盛大なものだ。
畳一面に、葱や猪肉などが原形のまま飛び散っている。
学生時代に、便器を抱え込んで吐く人間を見たことはあるが、天井に向かって吐く人間は、初めて見た。
「うう、苦しい」
今度はのたうちまわり始めた。
「やばい。縁側に連れていけ」
つる坊とキョンシーが叫ぶ。
「いや、そんな間はない。気管支に詰まると大変だ」
キンケツを背中から抱きかかえると、
「大丈夫だ。何も心配は要らないから、思いっきり吐け」
と励ました。
キンケツは暫くうっ、うっと呻いていたが、やがてまた、ゲロゲロゲロっと本当に思いっきり吐いた。鼻からは、鼻水と一緒に固形物も流れ落ちている。
「うう、苦しい」
七転八倒する。
「大丈夫かなあ。救急車呼ばなくていい?」
美登里さんまでが、青い顔になって心配している。
「様子を見ましょう。これだけ吐いたんだから、大丈夫だとは思いますが」
と、おれは言った。
あんな呑み方をすれば、こんなになるのは当たり前だ。然し、酒癖が悪いことについては、おれも例の一件があるから、人のことをとやかくは言えない。




