八拾八 やんごとなき寅さん
ここまで話を聞いたおれは、思わず急き込むようにして尋ねた。
「そ、それで……、そのあとはどうなったんですか?」
影法師も、真っ青になっている。
えっ、影の癖に、どうして真っ青になるんだって? ええい、同じ説明を何度もするのももどかしい。省略!
「欽ちゃん、そんなに目を剥いて、一体どうしたって言うんだい?」
米さんも驚いている。
「あ、済みません。つい面白い話を聞いたものだから」
「そうかい? それならいいんだけど……」
米さんは疑わしそうに、ちらっとこちらを見ると、答えてくれた。
「それで、皆で相談して、その人形を神社に持って行ったらしい」
「神社って、あの今にも潰れてしまいそうな神社にですか?」
「悪かったわねえ。今にも潰れてしまいそうな神社で」
「済みません。それから、その人形はどうなったんですか?」
「それから、当時の宮司さんにお祓いしてもらって、本殿に封じ込めてもらったというんだよ」
「えっ、あんな神社に宮司さんが居たんですか?」
「さっきから失礼な」
寅さんが言う。
「その時の宮司っていうのは千見子って言って、うちの婆様のことだ。もうだいぶ前に死んだがね。」
「ええっ?」
「一体、何度驚きゃいいんだ。何を隠そう、うちは代々あの神社の宮司をやっている。もっとも、初穂料だけでは食っていけないから、百姓が本業だがな」
「ああ、そうそう。そうだった」
米さんが間に入る。
「今は、登世さんが宮司だったね。それで、どうなんだい、具合は?」
「余り、変わらないですね」
寅さんはそう答えると、もの問いたげなおれの表情に気付き、
「何、おれのお袋のことさ。最近、少しボケが始まったんでな、この農繁期の間だけ施設で預かってもらっている」
と言った。
すると、米さんが、
「寅ちゃんとこは、これでも由緒ある家系なんだよ」
と言う。
「これでもというのは、余分だけどな」
と、寅さん。
「先祖は、伊勢の斎宮の親戚で何とかいう人だったんだが、罪を得て東国に流罪となってしまった。それからはこの地で、伊勢木という姓を賜り、神職を務めるようになったらしい」
「へえ~」
と、おれはつくづく感心した。
「道理で、どこか高貴な顔立ちをしていると思った」
「嘘つけ。まあ、天璋院様の御祐筆の何とかやらと一緒で、怪しい者さ。御先祖が中臣鎌足だなんて言ってる連中も、元を辿ればみんな百姓じゃねえか」
「その少し前は、ただの猿だ」とヤンマー。
思い切って、尋ねてみた。
「それで、寅さん。その人形は見ることができますか?」
そう聞かれたほうは、とんでもないという顔をした。
「無理、無理。宮司以外は、本殿に立ち入ることはできない」
おれは食い下がった。
「でも、寅さんも後継ぎじゃないんですか?」