八拾七 わらわんわらわ
「そうだよ、婆ちゃん。清さんとそのお手伝いさんが同じ人である訳、ないじゃないか。清さんは、閻魔様にお目玉を食らうなんて冗談言ってたけど、まさか、あの世から帰ってきたとでも言うのか? ――なあ、欽之助」
「あはは……。本当にそうだ。米さんって、面白い」
「ふん。二人でそうやって笑ってたらいいさ。何だい、人を年寄り扱いして――。それで私が言い掛けたのは、その頃起きた不思議な事件の話なんだ」
「へえ~。どんな話なんですか?」
おれは何食わぬ顔をして、耳を傾けた。
「是非聞きたいものです」
つる坊とキョンシーも身を乗り出す。
米さんの話は、次のようなものであった。
何でも、この家の住人が皆居なくなってしまった、昭和20年代後半のある年のことであった。
この近辺で、見かけない少女が度々目撃されるようになる。
赤い振袖を着た、おかっぱ頭の少女である。
着物は擦り切れて汚れているうえに、髪も長く梳かしていないのか、ぼうぼうに振り乱している。
まさか、今頃になって戦争孤児でもあるまいに……。
たまたま少女に出逢ったお婆さんは、いきなり駐在に連れて行くのも哀れと思って、いったん家に連れて帰った。
いろいろと親切に世話を焼いてやりながら、
「お嬢ちゃんは何処から来たんだい?」
と尋ねた。然し返事はない。
「お父さんとお母さんの名前は?」
と尋ねても、矢張り返事はない。
それならばと、
「じゃあ、お菓子をお食べ」
と言っても、決して口にしない。
お婆さんはそこで、はっとした。
振袖で今まで気づかなかったのだが、女の子の両手が見えない。
ひょっとして、東京大空襲で……。
ますます可哀そうになって言った。
「何にも心配しなくていいんだよ。お婆ちゃんが食べさせてあげよう。どれ、せっかく可愛い顔をしてるんだから、ちょっと笑ってごらん」
しかし、どうなだめすかしても、少女は最後まで頑なな表情を崩すことがなかったという。
仕舞いに諦めて、駐在に連れて行くことにした。
夕暮れのことで、前方には里芋畑が寂しげに広がっていた。
すると女の子は、道の途中で勝手にずんずん先を急ごうとする。
「ちょっとお待ちよ」
慌てて引き留めた。
すると、首だけが振り返り、けたけたと笑うではないか。
更に、その首がぽたりと落ちる。
「あっ」
お婆さんは思わず両手で顔を覆って、その場に蹲った。
恐る恐る両手の指の間から見ると、女の子は首のないまま、里芋畑の薄暗闇の中に、すーっと消えてしまった。
けたけたという笑い声だけが、辺りにこだましていた。
こういうことが何度も続き、村人たちは『わらわんわらわ』と呼んで恐れるようになる。
その年に、里芋に疫病が流行り、収穫が激減した。
話はそれで終わらなかった。
一人のお百姓さんが、里芋の収穫後に畑の手入れをしていた時のこと。
『わらわんわらわ』そっくりの衣裳を着た人形が、そこで発見されたのである。ただし、首と両腕が無残にもぎ取られた状態で。
当然、村中大騒ぎになった。これは人形の祟りに違いないと。




