八拾六 米さん、清さんの秘密に肉薄する
「係員さんとか閻魔大王とかじゃなくて、そこの長官のことを言ってるんじゃないんれすかね。だったら、ヒック、恐らく鬼の平蔵れすよ」
キンケツはそう言うと、コップ酒をがぶりとあおった。
「お、おい。そんなに呑んで大丈夫なのか?」
心配して止めようとしたが、
「なーに、これくらい」
と相手にもしない。
「平蔵はね、こうやって呑みながら、たしかこんなことを口走るんだ。女は盗賊よりも恐ろしいってね。ヒック……京子さんもそうなんだろうか」
そう言って、また、がぶりとやる。
こいつめ、わざとおれを挑発しているのか? 本当にぶん殴ってやろうか――。
そう思った途端、キンケツは急に柱に凭れ掛かった。
そのまま何も言わない。やがて、大きな鼾を掻き始めた。
「この人のことは放っといて、祭りの相談の続きだ」
寅さんが言う。
「実は、担ぎ手のやっさんが腰を痛めてね。だから欽之助、お前は貴重な戦力だからな」
「うん、分かった」
「それにしても、あのへっぴり腰じゃなあ」
とヤンマー。
「昼間からゴロゴロ寝てばかりいないで、少しは身体を鍛えろよ。そうだ、明日の稲刈りを手伝うといい。もっとも、足手まといになるだけだがな。あははは」
「何だ、勝手なことばかり言いやがって」
俳句グループのほうは、清さんがいなくなって、何となく静かになっている。
「この家のことをさっき、仰ってましたが」
つる坊が、気まずい雰囲気を打ち破るように、口を開いた。
「前は凄味があったって、具体的に何かあったんですか? 実は私たちも、最初にここに着いた時は、何て家だってびっくりしましてね」
「そうそう。僕も気になる」
とキョンシー。また、両手を前にだらんとさせている。
そのまま額にお札を張ったら、十分お前も怖いぞ。
「そりゃあ、ありましたとも」
と、美登里さんが即座に答える。
「夜中に悲鳴が響いたりだとか。だから、人が居着かないんです。私の知る限り、こんなに長く居るのは、欽ちゃんが初めて」
「そう言えば、私がこの地に嫁いできたばかりの頃、主人や義母に聞いたことがありますよ」
と、米さんが話を引き取る。
「あれはまだ、日本が戦後の混乱期から漸く立ち直りかけた頃のことだそうです。この家の人たちが皆死に絶えてしまいましてね。あら厭だ――」
「どうかなさいましたか?」
つる坊が心配そうに聞く。
「いえね。お手伝いさんが居て、その人たちのことを看取るまで、最後まで面倒を見てあげてたらしいんです。まあ、どうしたことでしょう。今になって、急に思い出すなんて。
そのお手伝いさんの名前が、たしか清さんでしたよ。間違いありません。主人も母も、その人のことをよく褒めてましたから。まさか、同じ――」
「ははは。偶然でしょう」
おれは慌てて言った。
「だってそんな……。そ、その人の年齢は何歳ぐらいだったか聞いてますか?」
「たしか姑よりは、年上だったって言ってたような……。そ、そうだよね。欽ちゃんの言うとおりだ」