八拾五 手の行方
「清さん、いきなり改まってどうしたんですか」
おれは驚いて尋ねた。
「それが、ここの滞在期間がすっかり長くなってしまったものですから、延長していただけるよう申請しに参らねばなりません」
「だって、こんなに盛り上がっているのに、何も今そんなことをしに帰らなくったって――」
彼女は、ゆっくりと頭を振った。
「今日の申の刻までに、戻って手続きを終わらせておかないと、怖い閻魔様にお目玉を食らってしまいますからね」
男どもが呆気に取られて見ている中を、清さんは言った。
「米さん、美登里ちゃん、あとはよろしくお願いしますね」
「はい、分かってますよ。あとのことは私たちに任せて、早くお行きなさい」
と、米さん。
美登里さんも頷いている。
二人とも予め話を聞いていたのであろう。
「それじゃあ、坊ちゃん、明日の夕方までには戻りますから」
そう言って、部屋を出ていった。
清さんと入れ替わるように、影法師が入ってくる。
床の間の前まで音も立てずに歩いていくと、古備前の中をじっと覗き込んでいる。
実は人形の手を、こっそりその中に隠していたのだった。
全てが解決するまで、とりあえず清さんに頼んで、彼女の呪力で封じ込めておこうと思っていたのだが、すっかり算段が狂ってしまった。
まあ、いいや。清さんには、また改めて相談してみよう。
「それにしても、清さんって不思議な人だなあ」
寅さんがいつかと同じことを言う。
「あれで、私と同じ80だからね。十歳は若く見える」
た米さん。
「そうなんだよなあ。質素な服装をしている癖に、凛として品がある。それに美しい」
「悪かったね、こんなババアで」
米さんがむくれる。
「いや、そんなことは言ってないですよ。米さんも奇麗だって、俺は前から言ってたんだから。――な、なあ、お前」
当の美登里さんは急に振られたものだから、目を真ん丸にして、こく、こくと頷いている。
「でも、この家も、欽ちゃんと清さんが住むようになってから、すっかり変わったわね。前は、何と言ったらいいのか、凄味みたいなものがあったけど、今はただ、古家なりに何となく穏やかな感じになった」
「美登里ちゃん、あんた誤魔化したね。まあ、いいけどさ。でも本当に、あんたの言うとおりだよ。これも、欽ちゃんと清さんのお蔭だね」
米さんも、しんみりと言う。
そんな彼女たちを、影法師が黙って見ていた。
「俺も嬉しいよ」
とヤンマー。
「同世代の奴らは殆ど皆、都会に出ちまったからなあ。――それより欽之助。清さんは、滞在期間の延長申請に行くって言ってたけど、どういうことなんだ?」
「いやあ、おれにもよくは分からないんだ。ある日突然来て、家のことを手伝うから、ここに住まわせてくれって言うだけで、おれにはとんと――」
事実の半分だけを伝える。
「何だって? 俺たちは、てっきりお前の親戚先の人だとばかり――。ねえ、寅さん」
「ああ、俺だってそうとばかり思い込んでいた」
「欽ちゃんったら、とぼけてばかり。多分、家事代行サービスの会社から、派遣されてきたんじゃないの? あなた自分で雇ったんでしょう?」
と、美登里さんが言う。
「閻魔様なんて言ってたけど、きっと融通の利かない係員さんか何かがいて、規則や手続きに厳しいのよ」




