表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/514

八拾 アカオトシ登場

蝦蟇(ガマ)はね、鏡に映った己の姿を見て、たらーりたらりと脂汗(あぶらあせ)を流すらしいの。それを柳の枝で煮詰めたのが、これってわけ」


 鏡に映った己の姿を見て、だと……?


「ふふふ。誰かさんみたい。あんたは、自分自身が一番怖いって言ってたもんね。でも私、裸になった欽之助の汗が、一度見てみたいな」


「えっ?」

 たらーりたらりと、本当に脂汗が出そうになる。


「この前は、海に連れていってくれて有難う」

 湯浴み乙女(バスガール)は、またおれの唇にキスをすると、ふっと消えてしまった。


 何故かその日に限って、無性に危険な予感が、おれにはしてくるのだった。



 おれは、彼女に教えられたとおり、キンケツの背中に冷水(れいすい)をぶっ掛けたあと、清潔なタオルで拭いてやり、ガマの油を塗ってやった。

 すると不思議にも、(ただ)れて水ぶくれができていた皮膚があっという間に治って、わずかな赤みが残るだけとなった。


 キンケツの話によると、入浴している最中にこんな目に遭ったらしい。


 頭を洗っていると、不意に背後から声がした。

「だいぶ溜まってますぜ。ちょっと流しやしょうか」


 少し驚いた。

「あんたは、もしかして三助かい?」

「いや、そんな(もん)じゃないんですがね。よござんしたら、あなたのお背中を流して差し上げますよ」


「そりゃ、有難い。折角だから、一つ頼むよ。然し、落目の奴め。働いてもいない癖に、親の遺産のお蔭で大した御身分だよ。女中だけでなく、下男まで雇っているとはなあ」


「こいつあ、あっしが特別にこしらえた糸瓜(へちま)タワシでしてね」

 男は、キンケツの背中をゴシゴシ(こす)りながら言った。

「然し、旦那もこう溜まってるんじゃあ、さぞかしマネーのほうも貯まっていなさるんじゃねえですかい?」


「そうだなあ。落目みたいに、いつまでもケツの青いことばかり言ってたんじゃ駄目だね。やはり世俗の垢に(まみ)れなきゃ、金は貯まらないさ。でも、僕なんか、まだまだこれからだよ。将来は麻布かどっかに豪邸でも立てて、あんたみたいな下男だろうが女中だろうが、大勢雇って見せるさ」


「是非、そうなさいまし」


「然し、あんたみたいな日本人はパスだ。大した働きもない癖に、賃金だけは無駄に高いからね。やはり、外国から安い労働力を受け入れるに限るよ。それも派遣でね」


「そんなことしか言えないから、こんなに垢塗れになるんでさあ。こいつあ、糸瓜じゃ歯が立たねえ。軽石でやっちまおう」

 そう言われて、猛烈にゴシゴシやられてしまったという。


 それを聞いて、おれは思い出した。

 アカオトシだ――。

 昔、爺ちゃんから聞いたことがある。地方によっては、『虚仮(こけ)落とし』とも呼ばれているらしい。


 しかし、そいつが水かけ女の亭主であり、かつ湯浴み乙女(バスガール)の父親だとは思ってもみなかった。



 キンケツは、皆が座に着いたあとも、アカオトシの話で大騒ぎしているので、おれは遮るように言った。

「お前さあ、宝探しで張り切り過ぎたものだから、風呂でうたた寝をして夢でも見たんじゃないのか?」


「いや、だって君、さっき薬を付けてくれたじゃないか。あれは実に良く効いた。僕にも少し分けてくれないか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ