七拾九 浴室の叫び声
つる坊が浴室に向かう姿を目で追いながら、キンケツが言った。
「おい、落目。僕はシャワーなんかじゃなく、ひとっ風呂浴びたいんだがね」
「ああ、そうすればいい。君が一番宝探しで張り切って、汗を流していたからな。おれが、湯を沸かしといてやるよ」
こいつめ、いっそ釜茹でにでもしてやろうか知らん……。
寅さんとヤンマーのお蔭で、荒床の張り直しは手際よく終わった。
おれは彼らと一緒に畳を元に戻し、彼らの用意した折り畳み式の座卓を並べた。座布団も並べた。みんな公民館で借りたものらしい。
つる坊とキョンシーは、シャワーを浴びた後で、気持ち良さそうに庭を散歩している。
キンケツは、ゆっくり湯に浸かっているようである。
それにしても長風呂だなあ……。
そう思っていた時である。
「ギャー!」
突然、雑巾を引き裂くような男の悲鳴が、四隣を驚かせた。
浴室からである。
「何だ?」
「どうした?」
お互いに顔を見合わす。
「ヤモリかゴキブリでも出たんじゃないのか?」
寅さんが冷淡に言う。
「大方、そんなところでしょう。念のため、ちょっと様子を見てきます」
浴室に着くと、女たちが3人、心配そうに台所から顔を覗かせている。
「大丈夫ですよ」
おれが笑いながらそう言うと、安心したように皆引っ込んだ。
とりあえず、脱衣所から声を掛けてみる。
「おい、どうした?」
然し、返事はない。
「おい」
もう一度声を掛けると、
「ヒー」
という呻き声だけが聞こえる。
慌てて、浴室の扉をガラリと開けた。
湯気の中を、頭をシャンプーで泡だらけにしたままのキンケツが蹲っている。
見ると、背中が真っ赤に焼け爛れたようになっている。
「これは、ひどい。一体、どうしたっていうんだ」
驚いて聞いたが、相変わらず呻き声をあげるだけである。
すると、脱衣所のほうから、欽之助……と小さな声で呼ぶ者がある。
湯浴み乙女だった。しっと、人差し指を唇に当てると、おれの耳元で囁く。
「ゴメン。父の仕業なの」
「えっ、君のお父さんの?」
彼女は、申し訳なさそうに頷いた。
「お母さんも嫌いだけど、お父さんも大嫌い」
「でも、どうしてあんなことを……?」
「単なる悪戯者なのよ。これ、塗ってあげて。良く効くと思うから」
彼女はそう言うと、メンソレータムの容器のようなものを差し出した。
見ると、『ガマの油 産地:筑波山』とあった。