七拾六 二人のアイドル
そこへ、軽トラが一台、ガタガタ音を立てて、庭に入ってきた。どうやら荷台に、折り畳み式の座卓のようなものを数脚、積んでいるようである。
ドアをバタンバタンと閉めて、寅さんとヤンマーのコンビが降りてきた。いつもの赤いツナギと青いツナギ。頭には鉢巻という出で立ちである。
寅さんは縁側の所まで来ると、いきなり、
「何だ、白蟻の検査ぐらいで、まだそんなに手間取っているのか?」
と言う。
「あれっ、寅さん。二人揃ってどうしたんですか?」
と、おれは驚いて聞いた。
「どうしたんですかとは、御挨拶だなあ。清さんに呼ばれたのに」
「そうだよ。ひどいじゃないか」
と、ヤンマーも口を尖らかす。
「そうですよ。私がお呼びしたんです」
振り返ると、清さんが悪びれる様子もなく言った。
「だって、うちの先生が、東京から偉い先生をお二人もお招きしたんですからね。私だって自慢なんです」
そうこう言っているうちに、今度は、南側の土塀の崩れた所から、美登里さんと米さんが入ってくる。美登里さんは寅さんの奥さん、米さんはヤンマーのお婆さんである。
そこは元々四つ目垣があった場所なのだが、ヤンマーこと山田誠がおれをぶん殴った日以来、そのまま修復されることなく、近所の人の通用口になっていたのだった。
美登里さんが、
「清さーん、来ましたよ。はい、お約束の牡丹。もう、解凍してありますからね」
と言って、レジ袋に入ったものを差し出してくる。
「有難うございます」
と、清さんが受け取る。
どうやら、猪肉のようである。
「牡丹鍋にしますか。それともすき焼きがよございますか?」
「両方にしましょう。ほら、野菜もこのとおりどっさり持ってきましたから」
と、今度は米さん。
「あっ、米さん、見て見て」
美登里さんが、つる坊とキョンシーを指さしながら叫ぶように言う。
「本当だ。テレビで見るとおりだわ。可愛い」
と米さん。
まるで、上野動物園のシャンシャンに対するような物言いである。
最近ではどういう訳だか、俳句が偉いブームになっていて、二人とも露出度が高まっていたのである。
さっきから目を真ん丸にしたまま縁側に突っ立ているつる坊とキョンシーに近付くと、美登里さんは女学生のようにはしゃぎながら言った。
「あのォ、私たちィ、二人とも公民館の俳句教室に通っていて、先生方の大ファンなんです。今日はとても、とっても楽しみにしていました。あとで、サインいただけますか?」
米さんも負けじという。
「朝陽俳壇、いつも見ております。私も投稿しているんですけど、なかなか採用されなくて。やはり、奥が深いものですねえ」
「ああ、はい……」
つる坊は、坊主頭をやたらペコペコさせている。
キョンシーは、尻をからげたままだったので、脛毛だらけの脚を慌てて隠しながら、これも恐縮している。
「これは、うっかり挨拶が遅れまして。どうぞよろしくお願いします」
赤虎と青虎も、揃って鉢巻を取ってお辞儀をする。
「ところで、こちらの先生は?」
と、キンケツのほうを顧みる。