七拾弐 影法師の驚き
つる坊もレザーの上着を脱いで、グレーのTシャツ一枚になった。
「さあ、これに履き替えるといい」
と言って、彼らに長靴を手渡す。予めバールなどと一緒に、赤虎と青虎に借りていたものだ。
いよいよ、杉板を剥がしにかかる。
「いやあ、こいつはなかなか楽しいや」
尻をからげたキョンシーが、無邪気に声を上げる。
つる坊のほうは、一人で何やらブツブツ言っている。
これで二人揃って、今をときめく俳人なんだから、俳句なんて大したもんじゃあるまい。
影法師が、隣の間からじっと様子をうかがっているのを、おれは最初から気が付いていた。
全部剥がし終えると、おれはスコップをもって、根太の間から一番に飛び降りた。
続いて影法師。
「二人ともそのままで待っていてくれ」
土を掘り上げる前に、まずは現状のままでよく調べてみなければ。
まさか、骸骨になった手が転がってなんかいないだろうな。
慎重に慎重に……。
すると、何かがチラッと視界に映った。
小さくて白いもの。
何だろう?
土を軽く掻き分けただけで、小さな人形の手が二つ、出てきた。
すぐ隣にいた影法師が、驚愕の表情を浮かべている。
いや、彼の気持ちが直に伝わってきたと言ったほうが正確であろう。
これだ。間違いない――。
おれは、そう直感した。
二人に気づかれないように、ポケットにそっと蔵う。
「おい、ちょっと待て」
庭のほうから見学していたキンケツが、突然大声を上げた。
「白蟻から食われていないか調べるのに、何故スコップなんかが必要なんだ?」
しまった。これは迂闊だった。
そんな質問は想定していなかったのである。
「そう言えばそうだな。君はさっきから、土ばかり眺めているじゃないか」
と、つる坊も追い打ちをかけてくる。
「あ……、いや、そ、その……、白蟻が這っていないかなと思ってね」
おれはその場しのぎに呟きながら、急いで頭を回転させた。
しかし、いい答えが思いつかない。万事休す――。
すると、影法師が床の間の古備前を指さした。
ん? 古備前がどうしたって?
そう言えば、キンケツがさっき、なかなかの値打ちものだと褒めていたが。
それで俄然、閃いた。
「うーん……」
と、悩む振りをする。
「仕方がない。正直に言おう。実はだな、この家は鎌倉時代から続いている豪族の家系でね。ほら、お前が褒めた、あの古備前だが、あれは隣の床下から出てきたんだ。
それで今度はこっちも調べてみようと思ってね。もしかしたら、大判小判だって出てくるかもしれないじゃないか」
「何だって?」
キンケツは、縁側を這うようにして飛び込んできた。
「それなら、僕にも手伝わせてくれ。その代わり山分けだぞ」