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七拾 欽之助、傷口に塩を塗られる

 おれは、三人を床の間のある座敷に通した。

「へえ、中は奇麗なんだな」

 と皆、感心している。


「どうだ? このギャップが素晴らしいだろう」

 と、おれは威張った。


 キンケツが、部屋の中をきょろきょろ見回して言った。

「その掛け軸は何だ? 何にも描かれていないじゃないか。よくもそんな汚いものを、平気で掛けたままにしておけるもんだ。まあ、古備前はなかなかの値打ちものみたいだが」


 さっきから何て言い草だろう。こいつの性根(しょうね)は、恐らく死ぬまで変わらないんだろうな。やはり来なけりゃ良かったのに。


 そう忌々(いまいま)しく思いながら、

「ああ、あれか。あれは無用の用って奴を表現しているんだ」

 と、おれは(うそぶ)いた。


「そうだよ。これはなかなかいい軸だ。紙がすすぼけている中に、茶色の染みが点々とあるところなんざ、古色蒼然としてなかなか趣があるじゃないか」

 つる坊が変な応援をする。


「あれは、日本人の美意識を表現している、と僕は思う」

 と、キョンシーが口を挟んできた。


「美意識だって?」

 キンケツが怪訝な顔をする。


「そうさ。何にもないところに、日本人は美を感じるんだ。俳句は、その最たるものだよ。いわゆる余白の美って奴だな」

「ふん、くだらない」


「君のそういうところが、一番くだらないんだよ」

 つる坊がやり込める。


「何だって?」

「だってそうじゃないか。大体君は、詩一つ書けもしない癖に、どうして文芸サークルなんかに入ってきたんだ。マドンナが目当てだったからだろう」


「おい、よせよ。今日はせっかく久し振りに皆で集まったんだから」

 キョンシーが慌てて取り成す。


 しばらく皆で黙って、清さんの出してくれた茶を啜る。

 すると、キンケツが急に正座をして、おれのほうを向いた。

落目(おちめ)、実は話があるんだ」


 皆がおれのことを、「ボッチャン」と呼ぶ中で、こいつだけは決してそう呼ばなかった。

「落目、落ち目」

 と、ことさら強調するように、大声で呼ぶのだった。


「何だ、急に」

 おれは相手を見据えて言った。


 キンケツは、わざとらしく畳に手をつきながら言った。

「君も知っているだろうが、実は京子さんと僕は婚約した。君の気持ちを知りながらこんなことになって、申し訳なく思っている。このとおり、謝る」


「おい、お前に謝られる筋合いはない。おれには関係のない話だ。いいから、もう頭を上げろ」


「本当にいいのか?」

「いいも悪いも、おれが許可する話ではない。問題は、京子の……、いや京子さんの気持ちだ」


「そうか。それを聞いてほっとしたよ」

 キンケツはそう言うと、また胡坐(あぐら)をかいた。

「京子さんのことなら心配ない。彼女は今、僕にぞっこんなんだから」


 それを聞いて、おれの胸が、また(うず)いた。

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