六拾九 あばら家、友を圧倒する
「おい、見ろ。古寺があるぜ」
「本当だ。甍のそばで柿の実が熟しているところなんざ、画になるね」
バス停からの途々、つる坊とキョンシーは、やたらはしゃいでいる。キンケツはさすがに気にしているのか、黙りこくったまま歩いていた。
「烏が枝にとまっていたら、なおいい」
「いや、烏ならやはり夕方だろう。朝の風景には似合わないぜ」
「本当だ。朝ならゴミステーションだ。しかし、俳句にはならないな」
「存外、いけるかもしれない。作者の技量にもよるんじゃないか?」
「そうかなあ。――あっ、鳥居がある」
キョンシーは山の方向を向いて、ピョンと跳んだ。両手を前にだらんとさせている。羽織袴姿でそんなポーズをとるものだから、すこぶる奇観である。
こいつ、まだこの癖が直っていないのか。
そう思って可笑しくなると同時に、嬉しくなった。
「こっちにはお地蔵さんもあるぜ。赤い前掛けなんかして、可愛いもんだ」
とつる坊。
「お前らさあ、さっきからしきりに感心しているが、東京の街中にだって、お寺や神社ぐらいあるだろう」
とおれが言うと、
「いやあ、やっぱり風情が違う」とキョンシー。
「そうさ。古寺というのは、やはり田舎に良く似合う。風景に自然に溶け込んでいる。何よりもわざとらしさがないのがいい」
と、つる坊が援護射撃をする。
「写生にはうってつけだな」とキョンシーが言う。
「そうそう。写生だ、写生だ」とつる坊。
キンケツは相変わらず、黙りこくったままである。
そうこうするうちに、家に着いた。
三人とも息を呑んでいる。
キョンシーが門までぴょんぴょん跳んでいった。
「見ろよ、瓦屋根付きの門だぜ」
「素晴らしい」とつる坊が応じる。
キョンシーは、今度は土塀の壊れた所に跳ねていく。
「おい、見ろ。土塀が崩れている。崩れた所に、四つ目垣が」
「本当だ。風流だなあ。安倍晴明もこんな屋敷に住んでいたんじゃないだろうか」
と、またつる坊。
「何が風流なものか。いつまでも感心ばかりしていないで、早く中に入れよ」
と、三人を促した。
今にも崩壊しそうな二階建てのあばら家は、相変わらず圧倒的な迫力で天下を睥睨している。
「すごい」
樫木正雄はハンチング帽を取ると、坊主頭を朝日にさらしながら、口をあんぐりと開けて見上げている。
「どうした? 新たな句境でも開けそうかい?」
と、おれがからかい半分に聞くと、
「む、うむむむ……」
と何時までも唸っている。
清さんが玄関から出てきた。
「皆さん、よくいらっしゃいました。お疲れになったでしょう。さあさ、お上がりください。お茶でもお出ししましょう」
そう言って、また奥に引っ込む。
すると、今まで黙っていたキンケツが、初めて口を開いた。
「何だ、あの婆さんは? 君、家政婦でも雇ったのか? 大した御身分だなあ」
「いや、そんなんじゃない」
まさか百年以上も前に此処に住んでいた人だとは言えない。




