六 落目欽之助、生い立ちを語る
おれはもともと九州の田舎育ちである。だからこそ、ここがいたく気に入ってしまったのだ。
家業は古物商だった。昔は庄屋だったが農地改革ですっかり没落し、祖父の代からこの商売を始めたらしい。
祖父が言うには、骨董品にはそれをこしらえた者だけでなく、元所有者たちの思い入れみたいなものが、代々積み重なるようにして沈殿している。だから、できるだけ丁寧に取り扱わなければならないということだった。
しかしそのわりには、家の周りの広い敷地に、中古の洗濯機やら什器などを乱雑に並べている中に、汚い壺だの甕だのをゴロゴロとほったらかしにしていた。
そんなものに囲まれながら育ったせいかもしれないが、子供の時分からいろいろなものが見えたり、聞こえたりしたものだ。もっともそれで何か得をしたということもなければ、それほどの霊感や超人的な能力を授けられているというわけでもない。
自分がそんな風にある原因として、祖父の資質を引き継いでいるということも、一方ではあるかもしれぬ。
祖父は、おれ以上にいろいろなものが見えていたようだった。ほかの骨董品には目もくれなかったが、文机と古備前、それに老子の掛け軸だけは自分の部屋に置いて大切にしていた。
ある日、まだ小学生だったおれの頭を撫でながら、しみじみと言った。
「どうとう山ん坊が出たよ」
爺ちゃんが言うには、そいつは巨人だが、姿は半ズボンをはいた坊主頭の子供である。山に腰かけ、自分の膝に頬杖をついて、遠く夕日の方を寂しげに眺めている。そいつの顔が、子供の頃の自分の顔と同じだったら、もう長くないというのである。
おれはたまらなく悲しくなって、爺ちゃんの膝にすがりつき、わんわん泣いた。しかしすぐには死ななかった。爺ちゃんの嘘つきと思った。
それから数年後、俺は中学生になっていた。
皆からはまだ、オッチャンと呼ばれていた時分のことである。
ある朝、爺ちゃんにいつものように新聞を持っていってやったら、
「これからはもういい」と言う。
「近頃、わしの部屋にモンジ老さんが棲みつくようになっての。
こいつは文字が大好物で、文字という文字を片っ端から食い尽くしてしまう。こうなるともう、読むことも書くこともままならないんじゃ」
「そいつを追っ払ってやろうか」とおれが言ったら、
「いや、いい」と首を振る。
「そうしたら、次に忘れん坊が来て居座る。こいつは、なおやっかいじゃ。
文字どころじゃない。可愛いお前の顔まで忘れてしまうからのお」
そう言うと、庭をじっと見ながら煙草をぷかぷかとふかした。