六拾八 朋有。さして遠方でもない所より来たる。
「彼女はこう言っていた。君が作家なんか目指して、朝陽新聞社を辞めさえしなければ、こんなことにはならなかったと」
「たしかにそうかもしれない」
おれは力なく言った。
京子の父親は、自らが権勢欲にまみれるあまり、二人の仲を引き裂こうとしたのではない。訳があって大の小説家嫌いなのだ。それに彼に限らず、娘の幸せを願う世の普通の親なら、無職で売れもしない小説を書いている男との交際など、許しておくはずがない。
「そして、こうも言うんだ」
樫木は続けた。
「もうそんなことを何時までも悔やんでいても仕方がない。いい加減、君への未練を断ち切ってしまいたい。だから、この際、金本と婚約したことを彼自身の口からきっちりと君に話をしてもらって、迷いを振り払ってしまいたいと」
そうか、そういうことなのか……。
彼女は、まだ吹っ切れていなかったのだ。それは反面、おれにとっては嬉しいことでもあったのだが、だからと言って喜んではいられない。いつまでも彼女が苦しむことになるのだから。
彼女ばかりではない。このおれだって、未だに未練がましく、彼女のことを忘れられずにいる。
それはやはり、二人にきちんと会ったうえで祝福の気持ちを伝えていないからなんだろう。今までそのことから逃げてきた。全てはおれの優柔不断さが招いたことなのだ。
おれはきっぱりと言った。
「分かった。丁度いい機会なのかもしれない。憎い奴だが、キンケツときっちり話をしよう。そして奇麗さっぱり、彼女のことを諦めることにする」
「それが君たち三人のためにもいいと思う」
と樫木は言った。
そうだなと、しみじみ思った。
そろそろ新しい人生に向かって、一歩足を踏み出さねば。
自分自身と向き合うことを怖がってばかりでは、いけない。
そして、現実をしっかりと見据えなければ……。
おれは、あることを思いついた。
これまでずっと二の足を踏んできたことを、ついでに奴らにも手伝わせてやるのだ。一人でやるのは限りなく怪しいが、みんなでやるならそう変でもなかろう。
「おい、それなら朝から来てくれ。もちろん昼は御馳走するから」
「朝からだって? いやだよ、僕は朝が弱いんだから」
「文句があるなら、無理に来てもらわなくても結構だ」
「全く、君って奴は……。少しは殊勝になったかと思えば、もうそんな横着なことを。まあいいや。二人にもそう言ってみる」
とうとうその日がやって来た。
その日は、朝から素晴らしい天気だった。
空はどこまでも青く澄み渡り、田んぼは黄金色に輝いていた。
停留所で待っているとバスが停まり、例の三人組が降りてきた。
樫木正雄は、坊主頭にグレーのハンチング帽、秋物の黒いレザージャケット。金本結貴は、落ち着いたブラウンのブレザージャケットに赤シャツ、金縁の眼鏡というスタイル。
何より奇態なのは、中浜喜与志だった。グレーの中折れ帽をかぶり、縮れて伸び放題の髪。黒縁のロイド眼鏡を掛け、羽織袴という出で立ちである。何だ、七五三でもあるまいに。
やれやれ、こんな田舎にこんな目立つ格好で来ないでくれよ、と思った。
こんな奴らと一緒にいるところを、赤虎なんかに見られたら、一体何て言われるだろう。