六拾五 あばら家の顛末
化野は一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐに、傲然と言い放った。
「ふん、そこまで知っていたのか」
「おれが知っているのはそれだけじゃない。お前はその力を利用し、この世とあの世との橋渡しをしている。
おれを彼らに引き合わせたのも、お前だろう。彼らは一体誰なんだ」
「だからさっきも言ったでしょう。顧客のプライバシーを守らなければ、この商売やっていけないんでさあ」
おれは相手を無視するように、さらに問い質した。
「お前が自分の口から言えないなら、おれが言ってやろう。一番考えられるのは、乱れ髪。次には、あの家の名義人となっている白河春夫の息子、安太郎だ」
「ほお、想像力が逞しいですな。私には何のことやら……」
「乱れ髪は、一体何者なんだ」
「さあ、私にはとんと……」
「お前は言っていた。あのあばら家が、おれを待っていたと――。
もしそうなら、お前がおれに引き合わせたのは、特定の誰かなどではなく、あのあばら家自体なのか?
教えてくれ。あの家で、一体何があったというんだ?」
「やれやれ、弱りましたな。そう一方的にまくしたてられても……」
化野は眼鏡を応接テーブルの上に置くと、また顔をゴシゴシと擦った。その間、レンズの中の二つの目が、テーブルの上でじっとこちらを監視している。
やがて、両手を顔から離すと、睨め回すような心眼で、おれの顔だけでなく、心の内まで見渡そうとしている。
やがて、口を開く。
「あんたが何をどう言おうと、顧客の秘密を私が喋ることはありません。あんたが自分で調べることは勝手ですがね」
「いいだろう。乗り掛かった舟だ。こうなったら、とことんまでやってやる。おれ自身にできることは限りがあるかもしれないが、その時は専門家に頼むという手もある」
化野はくすりと笑った。
「ひょっとしてあんた、磯崎勉に頼むことをお考えで。あんな腰抜けに何ができるものですか。以前、いろいろ首を突っ込んできたから、ちょっと脅かしてやっただけで、震え上がりましてね。まあ、どうぞ。御随意に」
おれは、ふと心の中に湧いてきた疑問を口にした。
「お前は悪い奴なんだろうか」
「私が悪いことをやっているとするなら、それは必要悪とお考えいただきたいものですな」
「最後に、これだけ教えてくれ。相続人が百人を下らないと言ったが、名義変更もされないまま、なぜそこまで放置されてきたんだろう」
「あんたもしつこい人だ。刑事にでもなったつもりですかい? まあいい。一つだけ教えて差し上げましょう。何、近所の人は皆知っていることだ」
「しかし、彼らは知らぬ振りをしていた」
「彼らのことを人の悪い連中だと思うのは、お門違いってもんですよ。教えたが最後、誰も住む者がいなくなって、また屋敷中荒れ放題になってしまう。
そうなるといろんな害虫だけでなく、蛇や蝙蝠の棲み処になってしまいますからね。いや、そればかりじゃない。魑魅魍魎までが跋扈するようになってしまうんでさあ」
彼の説明はこうであった。
白河春夫が死んだあと、親族の間で遺産分割協議をしようとしたのだが、これが醜い争いになってしまって、なかなか進まなかった。いくら辺境の地だからって、東京都で三百坪もある宅地である。
しかも、農地改革で没落したと言っても、田畑もかなり残されていた。ようやく協議がまとまりかけた時に、屋敷内で怪異が起こるようになる。




