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六拾四 欽之助、化野の露と消えるか

「その前に」

 と、おれは聞いてみた。

「ここを国会議員が訪ねてこなかったですか?」


「さあね。そんな人種にはとんと用がないもので……。例え用があったとしても、そんな質問に答えられる訳がないでさあ。顧客の個人情報は、きちんと守らなければなりませんから」


 以前会った時より、口調がかなりぞんざいになっている。

 それならそれで構わない。そのほうがこちらもやりやすいというものだ。


「なるほど」

 と、おれは自分の感情を抑えながら言った。


 今日は、こいつと対決する腹積もりでやってきたのだ。こんな奴を相手に腹を立てたんじゃ、すぐに侮られてしまう。


「実は、そんなことはどうでもいい。僕が来たのは、今自分が住んでいる家のことで、あなたに確かめたいことがあったからなんですよ」


「何か問題でも?」

 目も付いていない癖に、余裕の表情で脚を組む。相変わらず、くたびれたグレーの背広を着ていて、ズボンの折り目も定かではない。


「問題は大有りだ。あなたはそれを承知のうえで、僕に貸した」


「そのことは契約書にも重要事項説明書にも、きちんと明記している。あんたは破格の賃貸料に目が眩んで、私の説明もよく聞かなかったばかりか、契約書にもよく目を通していなかった。自己責任ってもんじゃないですかい?」


 机の上で、二つの目がレンズの中からこちらを睨みつけてくる。


「そんなことは僕だって分かっている」

 負けずにおれは言った。

「ところで一つ、教えてほしいことがある。もちろん、個人情報に触れない程度で構わない」


「何でしょう」

 化野(あだしの)は机に手を伸ばすと、眼鏡を掛けた。改めてこちらを見る。一体、どっちの目で見ようとしているのだろう。


「契約書を見ると、賃貸人は化野不動産となっている。ということは、あなたがあのあばら家の所有者なんだろうか? 襖や畳は別として、内装はあなたが自分の金でリフォームしていたようだし」


「そんなことにいちいち答える必要はありませんね。私は、契約書にある賃貸人としての義務をきちんと果たしておりますから」


「実は」

 と、おれは辛抱強く言った。

「ここに来る前に、法務局で登記簿を調べてみたら、土地建物の名義は、白河春夫という人の名義になっていた。今から70年近く前に亡くなった人のね」


 化野は、くっくと笑い出した。ひとしきり笑ったあと、真顔で言う。


「あんたもなかなか食えない人だ。(おっしゃ)るとおりですよ。あの屋敷の法廷相続人は百人は下らないでしょうなあ。それで私が彼らの代わりに、賃貸人として代理契約を行った訳でさあ」


「しかし、いくら代理契約だからって、所有者が亡くなって相続する人もいないのに、不動産の賃貸借契約ができるものだろうか」


「さあ、そこでさあ。だからこそ、私のように、多少の荒業が使える人間が必要になるんじゃないんですかい?」


――人間だって? お前は人間ではあるまい。半妖だろう。

 おれは相手を見据えながら、ここぞとばかりに念を送った。

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