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六拾弐 湯浴み乙女の夢

「しかし、イソベンには君が見えていたのに、僕には見えなかった。何故なんだろう」


 白いバスローブさえ身に着けていれば、おれにも見えていたはずだ。

 ということは、彼女はやはり何も着ていなかった?

 イソベンには僕にはない特殊能力があって、清さんがやったように、彼女の妖力を消してしまったんだろうか……? 

 だから、あいつにだけはバスガールの姿が見えていた?


 すると、バスガールがいきなり叫んだ。

「欽之助の馬鹿! エッチ、変態、ど助兵衛!」

 しまった、また念が漏れてしまった。

 まだまだ修行が足りない。


 例の霊界通信使はおれのことを、言葉を介さずに、自分の気持ちを相手に伝えることができるなんて言ってたが、ただ単に、考えていることがそのまま顔に現れるだけの馬鹿なんじゃないのか?


 バスガールの目が、涙に濡れて光っている。

「私はあの日、白い帽子に白いワンピース、それに青いパンプスで、きっちり決めていた。海をイメージして」


「…………」

「私は人前に現れる時は、基本的に鏡の中か、白いバスローブを身に着けた時だけということにしている。でも、たまには外に出たい時だってある。そんな時は、白い洋服を着ることにしているの」


「そうだったのか。ごめん」

「訳も分からずに、謝るのはやめてよ」

 ぴしゃりと言われる。


「白い服さえ着ていれば、イソベンみたいに、見える人には見える。私の存在をちゃんと認識してくれるの。でも、あなたはそうじゃなかった。ある人に心の中を占領されているから」


「おれはあの日、たしかに君のことが見えていなかった。このとおり、そのことはきちんと謝りたい。悪かった、申し訳ない」

「もう、どうでもいい」


「一つ教えてほしいだけど、君は海が好きなのか?」


「好きも何も、私は海のことを知らない。だって、井戸の中で育ったんだよ。

 ある日、人間の女の子たちが目をキラキラさせながら、海のことを話していた。そんな彼女たちがとても素敵に見えた。だから、海は私にとって憧れなの。でも、私にはどうやって行っていいのかも分からない」


 おれは、バスガールのことが急に可哀想になった。井戸に産まれ、井戸の中だけで育ち、あの美しい海を知らないまま過ごしてきたなんて――。


 『三四郎』の中で、与次郎が言った。「可哀想だた、惚れたって事よ」

 いや違う。おれの心の中には、永遠にマドンナが生き続けるのだから。


「バスガール、もしこんなおれで良かったら、一緒に海に行かないか?」

 途端に、彼女の顔がぱっと輝いた。

「本当に? ホントに本当?」


「ああ、本当だとも。約束する」

 この時のおれは、そんな台詞も一向に恥ずかしいとは思わなかった。


 何が日本男児だ。何が九州男児だ。乃木大将だって廣瀬中佐だって、こんなおれを決して馬鹿にしたりはすまい。


「白い帽子に白いワンピース、それに青いパンプスで、しっかりお洒落していけばいい。ただ、それでも、おれには君が見えるか分からない。それでもいいかい?」


 湯浴み乙女(バスガール)は、またしばらく黙っておれを見つめていた。

 それからおもむろに、

「欽之助、大好きだよ」

 と言うと、テーブルの向こうから身を乗り出し、おれに口づけをした。


「私、湯冷めしちゃったみたい。もう一回、お風呂入ってくるね」

 そう言うと、また脱衣所に消えてしまった。

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