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六拾 妖しい雰囲気

「それに、あと二つ理由があるの」

 と彼女は続けた。

「一つは、広い世界が見たくなった。狭い井戸の中が嫌になったから。

 それからもう一つ。井戸端で水浴びなんてイヤ。広くて奇麗で清潔なお風呂が好き。だから、お風呂さえ使わせてもらえるのなら、どこでもいいってわけ。分かった?」

 そう言って、俺の目を覗き込むようにして見つめてくる。


 実は、彼女のどこでもいいという言葉に、おれは一抹の寂しさを感じていたのである。

「そうなんだ。妖怪は一処(ひとところ)に出るとは限らない。あっごめん。妖怪なんて言って」

「いいよ、別に」


「そうか、妖怪は一処に出るとは限らない。人間のいる場所ならどこにでも出る。何故なら、人間が好きだから」

 おれは、バスガールの言葉を反芻するように、ぼんやりと(つぶや)いていた。


「そう。人間が好きだから」

 彼女も同じ言葉を繰り返す。

 相変わらず、おれの目を食い入るように見つめながら。


 妖怪はどこにでも出没する。それはそうだろう。爺ちゃんから九州で聞かされていた妖怪が、実際にここでも出たんだから。


「駄目だな、こいつ」

 おれが考え込んでいると、バスガールが独り言のように言った。

「えっ?」

「いや、いいの。……でも、例外もある」

「例外だって?」


「そう。例えば地縛霊。特定の場所に執着があるか、或いはその場所で自分が死んだと言うことが理解できず、そこにとどまったままでいる。だから、その場所以外に現れることはない。多くは人間の霊なんだけども、妖怪にもそういうのがいる」


「そうか、分かったぞ」

 おれは思わず手を打った。

「有難う、バスガール。そうか、そうなんだ。乱れ髪も影法師も、何かの理由でこの家に執着し、ここに(とら)われているんだ」


 清さんが言うようにおれに役目があるとしたら、彼らをこの家から解放してやることなのかもしれない

 しかし、この家の契約期間中はおれがどこにいようと出てくると、化野(あだしの)は言った。地縛霊というなら何故?


 しばらく考えた後、一つの結論に達した。


 恐らく、彼女におれは見込まれたのではないだろうか。この人間になら、自分の問題を解決することができるのではないかと。そして、それを成し遂げてくれるまでは、この人間に取り憑いて離れないと。


「なあ、バスガール」

 と、おれは話しかけた。

「おれってどんな人間なんだろう? おれは自身は自分のことを、ただのせっかちで怒りっぽい、つまらない人間に過ぎないと思っているんだけど」


「知ってるよ」

 いとも簡単に言われる。

 いささか拍子抜けがしたので、更にまくしたてた。


「それだけじゃない。喧嘩っ早い割には、腕力には自信がなく、いざというときにはからっきし意気地がない。悪口ならいくらでも口をついて出てくるが、弁舌で人を言い負かすのは、大の苦手だ。

 そのうえ、閉所恐怖症で、方向音痴で、無精者の面倒臭がり屋だ。肝心な時に、気の利いた台詞一つ言えない」


 モンジ老から言われた『性欲の塊』というのは、あえて言わなかった。おれぐらいの年齢で、そうでない者がいるものか。それに欠点でも何でもあるまい。


「それも知ってるよ」

 ちょっと待った! おれは通販番組のように心の中で叫んでいた。

 それの中に『性欲の塊』は含まれてないよな。

 いや大丈夫だ、念は抑えたはずだ。この頃だいぶコントロールできるようになったんだから。

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