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五拾九 家出の理由

「おい君、ちょっと教えてほしいことがあるんだ」

「何よ」

「君はたしか、水かけ女さんの娘さんだと言ったね」

「それが何か……」

 心なしか、声が尖っている。


「君のお母さんが、ここの井戸で水浴びをしていたのを、ある人が目撃している。ということは、君はもともとこの家に住んでいたんじゃないか? だったら、何故ここを離れたんだろう」


 すると、鼻歌がやんだ。

 バスガールが部屋に入ってくる。もちろん、バスローブを身に着けている。

「あんた、それを聞いてどうすんの?」

 またこの前のように向かい側の椅子に腰かけ、腕組みをする。両目を挑発的にぎらぎらさせている。


 全く、ちょっと優しくしてやったらやったで、すぐつけあがるんだから。しかし、今日の所はまあいいや。今度ガツンと言ってやらねば。


 そう思い直し、下手(したて)に出て言った。

「いや、別にどうということはないんだけど。少し気になったものだから……」

「ふーん」

 無遠慮にこちらをじろじろ見ている。


「まあいいわ。で、欽之助。私たちのことをどう思っているの?」

「えっ、どう思うって……?」

「つまり、私たちの仲間が出没する場所のことよ。あんた、私の母がここの井戸で目撃されたって言ってたけど」


「ああ。寅さんと言う人が、たまたま出くわしたらしい」

「そう、たまたまなんだよ。基本的に、あんたたちの言う妖怪っていうのは、特定の場所に出るとは限らない。人間のいる所ならどこにでも出るの。何故なら人間が好きだから」


「つまり……?」

「つ、つまり、その……。私のお母さんがここで目撃されたからって、いつもここに住んでいるとは限らない。だから、私はこの家のことは何も知らない。あんたの聞きたかったことは、それなんでしょう。残念でした」

 ますます両目から強い光を放ってくる。


 おれは少したじたじになりながら、かろうじて言った。

「いや、たしかにそうなんだけれども、それだけでもないんだ」

「それだけじゃないって?」


「うん、つまり、君自身のことが気になって」

「私自身のことが? 本当に?」

「うん」


 バスガールの表情が、途端にぱっと明るくなる。

「で、何?」

「いや、どうしてお母さんの元を離れたのかなと思って……」


 すると、彼女は天井のほうを向いてしばらく考えていた。

 やがて口を開く。

「それは単に、お母さんが嫌になっただけ」

「何故?」


「何故って……。なんか、あざといじゃない。お母さんって」

「…………」

「だって、井戸端でわざわざ片肌脱いで水浴びをしておいてさあ、あげくの果てに、見るんじゃないよと男に言い捨てて井戸の中に消えるなんて、あざといって言わないで何て言えばいいのよ」


 おれは何と答えていいか分からず、黙っていた。

「それにお母さんってね、気が強くて、お父さんはもちろん誰とでも喧嘩ばかりしてるの。理夫人って知ってるでしょう。あの人と喧嘩になったら、それこそ水かけ論になって、永久に終わらないの。私はそんな母が厭でたまらなかった」


 おれは相変わらず、口を(つぐ)んだままにしておくほかなかった。こういう時、気の利いたセリフを言えないのが、おれの欠点である。

 これでまた一つ、自分の欠点をここで書き加えることになった。

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