五 あばら家は待っていた
「今日はたまたま風を通しに来たんですわ。時々はこうしておかないと、いろんな蟲が跳梁跋扈するもんですから。さあ、どうぞお入りになって」
化野はそう言いながら、玄関の格子戸をガラガラと開けた。
屋内のすべてを案内してもらったが、意外なことにキッチンやトイレ、浴室などは全てリフォームされていた。しかし、襖と障子は破れ放題だし、畳も色が褪めているうえに、所々が擦り切れている。家の外の荒れ方と言い、いったい何なんだろう、この落差は――?
すると化野が、こちらの心の中を見透かしたかのように言う。
「いやあ、ちょっとその……予算が足りなかったもので」
これには驚いた。そんな不動産会社で大丈夫なんだろうか。
すかさず化野が言った。
「うちは大丈夫ですよ。なにしろ百年も続いている老舗なんですから。一時的に、今だけ資金繰りに困っているだけなんで」
相変わらずこちらを見ているようで見ていない。見ていないようで見ている。
本当に気持ちの悪い奴だ。
おれはせっかちなうえに癇性持ちときているんで、お喋りなどは大の苦手だ。こんな奴だが、いちいち口を開かずに済むから楽でいいやと思った。
すると、
「ふふん」と笑う声がした。
思わず、
「どうかしましたか」と尋ねる。
「いや何、こんな商売をしていると、あなたみたいなお坊ちゃんにまで馬鹿にされていけない。ふとそう思っただけです」
「いや、そんな……。決して馬鹿になんかしてませんよ」
おれは少し怖くなったせいもあって、相手の言うことをあわてて否定した。
「遠慮しなくたっていいですよ。これも商売と割り切ってますから。
いかがでしょう、襖や障子の貼り替えなどは自費で負担していただれば、当方も本気で勉強させていただきますよ」
提示された家賃は、たしかに破格の値段だった。こんな安い家賃は、日本中のどんな田舎を捜し歩いたって決してあるもんじゃない。いくら多少の財産を親が残してくれているからと言って、やはり質素倹約に努めておくに限る。
さっきからの化野の態度に多少物騒な気がしないでもなかったが、彼の提示した条件に、おれは一も二もなく飛びついたのだった。これが大きな間違いのもとだったとも気づかずに。
「いやあ、良かった。あなたはやはり私の睨んだとおりのお人でしたよ。
この物件はまさにあなたのためにあるようなものです。いや、と言うよりも、ずっと以前からあなたの来るのを待っていたんですよ、この家はね」
「えっ? いったい、それはどういうことです?」
おれは思わずそう聞かずにはおれなかった。
「今に分かります、きっと」
彼はとうとうそれ以上は何も言わなかった。
こうしておれは、このあばら家に居を構えることになったのだった。