五拾弐 欽之助、清さんに蔑まれる
「清さん、一つ提案させてください」
「はい、何でございましょうか」
「乱れ髪が出なくなって、僕も一応は安堵したものの、実は可哀そうな感じもしていたんです。しかし、モンジ老がいなくなった今、必ずまた現れると思うんです。心当たりはなくても、試しに乱れ髪と一度会ってみてはどうでしょうか」
「私が、でございますか?」
「ええ。彼女に会いさえすれば、きっと何か分かるはずです」
「そうですかねえ、この私が……?」
清さんは気乗りのしない様子だったが、すぐに自分の胸を拳で叩いて言った。
「よございます。引き受けましょう。何が私を呼んでいたのか、それが分かるまでは、私もあの世に戻ることができないですから」
「そうと決まったら、早速。今夜は私がここで寝ますので、坊ちゃんは隣の座敷でお寝みください。朝になったら、結果がどうだったか報告します」
「有難う」
「あの、私は……」
バスガールがもじもじしている。
「私はもう、お役御免なんだよね?」
「お役御免って?」
「だから、乱れ髪が出ないように私が手立てを講じてあげる。その代わりにここにはいつまでも住んでもいいって約束だった」
清さんのほうを振り返ると、黙って頷いている。
「いいよ。君はちゃんと約束を守ったし、何も悪さをしていないというのも分かっている。君の気が済むまでここに居ていいから」
「本当に、ホント?」
いけない。また、この前と同じような展開だ。清さんが見ている。ここは一つ、威厳を保たなければ。
「おれは九州の男たい。二言は無か」
「わーい。だから欽之助、大好き」
また、背中に飛びついてくる。
「これだから、甘やかし過ぎると……」
清さんが眉をひそめる。
「私、湯冷めしちゃったから、またお風呂入ってこようっと」
スキップを踏むように、部屋から出ていく。
まったくしようのない奴だ。それにしても、さっきはびっくりしたのなんの。なにしろ、一糸纏わぬ姿で、いきなりこの部屋に飛び込んできたんだから。
そうぼんやり考えていたおれは、そこで、あれっと不思議に思った。
彼女は、鏡の中にしか現れることができない筈では? 然し、バスローブを身に着けてさえいれば、人前に出ることができる。そう自分で言ってなかったか?
それが何故?
そうか、清さんのせいなんだ。悪霊退散のオマジナイが、変な風に効いたんだ。
そうと分かれば、あの白装束と五徳、それに三本の蝋燭をおれにも貸してもらいたいもんだ。
すると、清さんが蔑むようにおれを見つめている。彼女からこんな風に見つめられるのは初めてだ。もう敬語では話しかけてくれないかもしれない。
「欽之助のバカヤロー」
浴室からバスガールの罵声が飛んできた。
さて、翌朝のことだった。
隣の座敷から、「入りますよ」と声がしたかと思うと、襖がすっと開いた。清さんが入ってきて、おれの布団のそばに正座して言う。
「やはり、お出でになりませんでしたよ」
あやかしだか何だか分からないものに、お出でになりませんでしたもないだろうと思ったが、清さんの話に耳を傾けた。
「私の役目は、これでひとまず終わったようです。この先の出番は、やはり坊ちゃんじゃないでしょうか。もともとはあなたに助けを求めていたんですよ。それなのに追い出されたものだから、とうとう私まで冥土から呼び出される羽目に」




