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四百八拾八 本当に本当にこの男で大丈夫なのか?

 そこで松尾は、片桐のことを調べていく中で、カジノを合法化しようとする謎の組織に行き当たった経緯やその組織の冷酷な掟などについて、詳しく話して聞かせたのだった。


 磯崎は最初のほうこそ、探偵よろしく幻のパイプから幻の煙をくゆらせながら、落ち着いて耳を傾けていたのだが、だんだんと顔色が変わっていった。


 しまいには蒼白になってしまったのを隠すかのように、手に持っていた眼鏡をまた顔に戻した。


 しばらく黙っていたが、やがて口を開く。

「これはまた厄介な事件に巻き込まれてしまいましたね。というのも、人間のものではない何か別の力を感じるのです。それも、途方もない恨みと悲しみに満ちている。これはいったい何なんでしょう。まだ私に話してないことはないですか?」


「そう言えば、ある男に聞いたんですが──」

 松尾はそこで言いよどんでしまった。


「何をためらっているんです? さっきも言ったじゃないですか、信頼関係が大事だと」


「では、言います。あなたはさっき、僕のことを自分と同類だとおっしゃいました。それに力を得て言うんですよ。そうでなければ決して言いません。実は──」


 こうして彼は、片桐が〈竜尾身りゅうびしん〉という凶悪な妖怪である可能性があることを告げたのであった。


 磯崎は眼鏡をかけたまま、こちらを穴の開くほど見つめていた。いったんそれを外しかけたが、直ぐに元に戻して言った。


「私は法律家です。人間のこと、実際的なことには対応できますが、そうでないものには対応できかねます。だから、この話は聞かなかったことにしましょう。もちろん今回の相談料は要らないし、良かったら他の弁護士を紹介してもいい」


 松尾はしばらくあっけにとられていたが、直ぐに言ってやった。

「あららー、何という見事な手のひら返し。のっけから白旗なんだ。さっきの勢いは、いったいどこに行っちゃったんでしょう」

 腹立ち紛れに、精一杯の皮肉を込めて言ってやった。


 磯崎はムッとしたように言い返した。

「弁護士にも専門ってものがあってね。もっとも妖怪専門の弁護士なんているわけがない。ハハハ」

 虚勢を張るように笑って見せる。


「あなたは本当は、怖いんだ」

 松尾のこの言葉に、向こうはビクッと反応した。


「な、何が……?」

 気弱そうに聞き返す。ついさっきまで見せていた自信たっぷりの態度が、もう影も形もない。


「何がって、本当は分かってるんじゃありませんか?」


「いや、分からないな」

 弁護士は、再び下唇を指でいじりだした。


「では、教えてあげましょう。あなたが恐れているのは人間だ。例の得体のしれない謎の組織。あなたは最初からそれを恐れていた。たまたま妖怪の話が出たものだから、それにかこつけて逃げようとしているだけなんだ」


「ハハハ。また何を言い出すのかと思ったら……。いいかい、人間界のことは、人間界の感性、常識、ルールで大抵のことは片付くんだ。特に法律は無敵で、僕はその法律の専門家だ。これでもエリート弁護士と言われている。その僕が、どうして人間など恐れるものか」

 いつの間にか、主語が〈僕〉に変わっている。その僕が、とうとう爪を噛み始めた。


 松尾はここぞとばかりに畳み掛けた。

「いや、あなたはきっと人間が怖いんだ。例の謎の組織は、経済力という権力を持っているし、国と統治機構のどこかの権力とも結び付いている。あなたは、そこを恐れているんだ。下手に関わると、僕と同じ目に遭うかもしれないから。

 詰まるところ、あなたはある種の人間たちと変わらない。権力と戦うよりは、そいつに尻尾を振ったり、忖度そんたくしたりしながらわずかなおこぼれにあずかろうとする人間たちとね」


「馬鹿な」

 磯崎はすっかり気色ばんでいる。

「僕は尻尾を振ったこともなければ、巻いたこともない。元々そんな尻尾なんて持ち合わせてないんだから」


「じゃあ、ただのウサギちゃんだな。目の前に踏み絵を置かれれば、喜んでピョンピョン飛び乗るし、ボスから排除の論理が示されれば、今までの仲間を平気で売ったり、捨てたりするんだ。全く節操も何もあったもんじゃない。

 僕はマスコミの人間だからよく分かる。今まで何人そういう人間を見てきたことか。その度に『聞春砲』を炸裂させてふっとばしてやりましたがね。あなたは、そういう人間たちと同じなんですよ。僕を同類扱いなんかしないでもらいたい」

 最大限の侮蔑と嘲笑を込めて言ってやった。


「ふん。ウサギだって、尻尾ぐらいあるさ」


「丸くて可愛い尻尾がね。可愛いウサちゃん。あなたには、オオカミと戦うのは無理だ」

 こうなったら子供の喧嘩である。


 磯崎はしばらく爪を噛んでいたが、とうとう言った。

「よし分かった。そこまで言うなら受けてもいい。だが、その前に君がどこまで腹を決めているのか確認させてもらおう」


「何でしょう?」

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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