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四百八拾七 この男を信頼していいのだろうか?

「ちょっと待った!」

 おれは通販番組のように松尾の話に割って入った。

「その弁護士の名前は何と言うんだ?」


「名前? 磯崎さんだよ。磯崎勉。それがどうかしたのか? あっ、ひょっとして」


「そうだよ。そいつの言う単純バカというのは、多分おれのことだろう」


「磯崎さんと、何かあったのか?」


「実は、おれがいま借りている家のことで少し揉め事があってね。しかし、全く話にもならなかったよ。あのイソベンめ。いや、もうそんなことはどうでもいいんだ。続きを聞かせてくれないか」


 松尾は少し笑うと、話を元に戻した。






「おかしいことが、まだまだある……」

 松尾は弁護士が言うのを、ただぼんやりとそう繰り返すばかりだった。


「気が付かなくても無理はありません。なにしろ逮捕されたばかりですからね。誰でも気が動転して、冷静に考えたりする余裕なんてありませんよ。だからこそ、我々弁護士がいるんです」


「おかしいことというのは、具体的には何でしょうか?」

 相手を少し見直しながら尋ねる。


「まずDNA鑑定ですよ。その女性が亡くなったのは──、もとい、亡くなっているのが発見されたのは、まだ昨日のことなんでしょう? コップから唾液を採取して、鑑定結果が出るまでにいったいどれだけ時間がかかると思います?」


「あっ──」

 つい、そう声を漏らしてしまった。


 何て間抜けなんだ。こんな単純なことにも気付かなかったなんて。刑事の言うことをただそのまま聞いただけで、その中味を十分吟味してなかった。いや、確かにその余裕さえなかった。とにかく黙秘したうえで弁護士を呼ぶことしか頭になかったんだから。


「それで良かったんですよ」

 磯崎弁護士は微笑みながら言った。頼もしい笑顔である。ついさっきまでは嫌な印象しかなかったのに、今はすっかり好男子にさえ見える。


「次にいきましょう。その女性、山口摂さんとおっしゃいましたっけ、その方はあなたに言い寄られて迷惑していた──そういう証言が得られている、ということでしたよね? それなのに、どうしてあなたを部屋に入れたんでしょう。コップにあなたの唾液が付着していたなんて、いかにも親しい間柄のようじゃありませんか」

 そこまで言うと、また眼鏡を手に取った。無意識なのかどうか分からないが、フレームの端を口にくわえている。松尾はあれっと思ったが、特に何も言わなかった。


「つまり、こういうことですよ」

 磯崎は、今度はそれを口から離して続けた。

「実際にあなたとそういう関係にあるということを知っていた第三者がいて、そういう偽装をしようとしているということになりませんか? もともとあなたの唾液が付着したコップがそこにあるはずがないんだから」

 

 そう言えば、せつと同じ店で働いていて親友でもあった女が、親切にも彼女の死を知らせてくれたのだった。摂との関係を知っていたのは、あの女だけのはずだ。


「その女ですよ」

 すかさず言われた。再びこちらの思考を読まれたようだ。


 弁護士は、眼鏡のフレームをまるでパイプでもくゆらせるように手に持ったまま、じっと考えているようだった。やがてそいつをおもむろにくわえたかと思うと、そいつをチューチュー吸い始めた。どうやら無意識にやっているようだ。


 松尾は少し驚くとともに、フレームの端が唾液で濡れていないか気になったが、特に何も言わなかった。


 向こうは再びそれを口から離すと、幻のパイプの煙をくゆらせながら言った。

「しかし、コップの唾液を偽装したのは、その女ではないでしょう。では、警察なのか。しかし、警察がなぜそんなことを?」


「あっ、ちょっと待ってもらえますか」

 松尾は言った。

「警察は元々知ってたはずですよ。僕と摂の関係を。僕が自分で言ったんですから」

 やはり俺は相当混乱している。今頃こんなことに気がつくなんて……。


「ふーん」

 磯崎は、再び幻のパイプの煙をくゆらせながらじっと考えている。やがて言った。

「恐らく警察もその女も、そしてクラブの店長とやらもみんなグルですよ。それだけじゃない。出せるはずのない礼状を出した裁判官もね。

 それなのに何もかも目茶苦茶だ。矛盾だらけで、やっていることがまるでド素人だ。混乱しているのはあなただけじゃない。向こうだってそうですよ。それというのも、急ごしらえであなたを犯人に仕立てようとしているからですよ。何が何でもあなたを殺人犯にしようとする強い意志が感じられる。

 とりあえずあなたを逮捕しておいて、証拠はあとでいくらでも拵える。そして最後に完璧に辻褄を合わせる。論理的に破綻のない完璧なストーリーが、そこで完成するんだ。このままだと、検察官にもグルになる奴がいて、あなたは必ず起訴されるでしょう。

 しかし、なぜそこまでして──。これには何かの背後関係があるはずだ。教えてください。まだ私に話していない何かがあるのではないですか?」

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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