四拾八 清さんの生い立ち
それは、清さんが五歳の時であった。
白河家の人たちは非常に優しく、ここでは何も心配せずにのんびり暮らせばいいと言ってくれたのだが、彼女の母がそれでは申し訳ないからと、今の清さんのように、お手伝いさんのようなことをしていたらしい。
「ほら、現在私が使わせていただいている、浴室の隣の部屋、そこで私たち母子は寝起きしていたのでございます」
白河家には、安太郎と言う二歳年上の子がいたが、最初は清さんに対して口も聞いてくれなかったり、意地悪をしたりもした。
ところが、ある時、彼女が近所の悪童どもに苛められていた。すると、その泣き声をどこかで聞きつけたのか、いきなり飛び出してきて、悪童どもをポカポカと懲らしめてしまった。
悪童どもは逃げながらも、土くれや小石を無闇に投げつけてくる。すると安太郎が両手を広げて立ちはだかり、清さんを守ってくれたという。
そんなことがあってからというもの、二人の距離はあっという間に縮まる。安太郎はお菓子をくれたり、平仮名の書き方を教えてくれたりで、何くれとなく優しくしてくれた。
大人たちはそんな二人を見て、まるで本当の兄妹みたいねと、笑ったりしたものだった。
例の悪童どもとも、いつの間にか仲良しになっていた。安太郎は彼らを引きつれ村中で遊びまわったが、いつでも清さんがくっついていた。
畦道を歩いていると、村人たちが農作業の手を休め、声を掛けてくる。
麦わら帽子を脱ぎ、手拭いで汗を拭きながら、
「これはお坊っちゃん、今日もまたいいお日和で。お嬢ちゃんもご一緒ですか。どうか、日射病にはお気を付けなさって」
などと挨拶をしてきたりする。
そんな時、清さんの幼心には、何かしら得意なような嬉しいような感情が湧いてくるのだった。
ある暑い盛りの日のことであった。
二人で畑の近所を歩いていると、急に雨が降り出した。安太郎は、傍にあった里芋の茎をポキリと折ると、傘の代わりに頭の上に差し出してくれた。
二人で走って帰った。
家に帰りついたときは、もうやんでいた。
一緒に縁側に座り、里芋の葉で遊んだ。安太郎は、葉の上に宿っていた一滴の雫が落ちないように、器用にくるくると回して見せた。
その時、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、安太郎の母親が座敷に立っていた。いつになく厳しい表情をしている。
思わず身体を硬直させていると、すぐにいつもの優しい表情に戻ったので、清さんもにっこりと笑い返す。
母親はすぐにその場からいなくなったので、二人でまた里芋の葉で遊んだ。そうやって日が暮れるまで、二人でずっと過ごしたのだった。
この平穏で幸せな日々が永遠に続くかと思われたが、清さんが十二歳の時に、母親が急に亡くなる。
白川家で葬式を挙げてくれたが、親類縁者が集まったのを機会に、清さんの行く末について話し合われた。
縁者のうちの一人が養女として引き取りたいと申し出てくれたが、安太郎の父母がきっぱりと断った。
「清に、立派な嫁入りをさせるまでは、このままうちの子供と同様に大切に育てます」と。
清さんと安太郎は、物陰でこっそりと様子をうかがっていたのだが、二人で顔を見合わせ、安堵の胸を撫で下ろしたのだった。その途端、清さんの両眼から、今までこらえていた涙があふれ出してきた。
その肩を、安太郎はそっと抱いてくれたのだった。




