四百八拾四 突入計画
中野は焦った。こうなったら、いつまでもグズグズしているわけにはいかない。
8Kチーム(8KT)の編成は、1ヶ月ほど前に終えている。全国の警察官の中から選りすぐった精鋭中の精鋭だ。総勢100名だが、決して多い数字ではない。
〈十一人衆〉のごとき反社会的な集団は、国家の存立と国民の安寧な生活を脅かす恐れがある。8KTは、その危険性が現在において急迫かつ甚大であると見做されたときに、これを排除するために情報の収集と分析を行うとともに、場合によっては銃火器を用いて犯罪者の逮捕や掃討を行う。このことを考えれば、100人という数字は、むしろ少な過ぎるぐらいだ。
〈ホテル・キューミノン〉については、そのフロアマップのみならず、詳細な設計図もすでに手に入れている。地上36階建てで、最上階にはレストランとラウンジ、それにバーなどもある。ほかには多目的ホールと貸会議室が2部屋。闇カジノはそのどこかで開かれている。
そこに踏み込み、一気に内部を制圧すると同時に京子を救出する。もちろん、その場にいた者は全員逮捕だ。片桐勇司は略取・誘拐罪及び監禁罪。他の者は全員、賭博罪又は賭博場開帳図利罪だ。
中野はそこで額に手を当てると、自嘲するようにふっと笑った。
何を私は一人で息巻いているのだろう。私が直接逮捕するわけでもなかろうに──。
しかし8KTの指揮官であり、かつ警察庁長官の深見君なら、私の期待に違わずやってくれるはずだ。蟻の子一匹│逃してなるものか。しらみ潰しに現行犯逮捕してやる。そして、芋づる式に片っ端から〈十一人衆〉のメンバーを洗い出してやる。
この私を陥れた者がどうなるか、徹底的に思い知らせてやる。何が当代一流の文化人だ。奴らがこれまでやってきたことを考えれば、カルトであり、かつテロリストの集団と言ってもいい。こんな奴らは、絶対に一網打尽にしてくれる。
さて問題は、どこから突入するかだ──。
中野は両腕を組むと、深見たちと練り上げた作戦について、改めて点検し直した。
幸運にも、落目の知り合いから重要な情報が得られている。あのホテルはカジノを開いている時は一般客を泊めないようにしているが、通常営業はしているようにカモフラージュしている。もちろん、変に疑われないようにするためにだ。
だとすれば、1階のエントランスホールに普通に入っていけるはずである。そこにはフロントと従業員の事務室、それにカフェが1店舗あるほかは、だだっ広いロビーがあるだけだ。加えて、一般客の宿泊を断っているから、スタッフの数も最小限に抑えていることだろう。
ただし、通常のホテルでもセキュリティ上の必要から監視カメラが設置されている。いわんや闇カジノをやっているぐらいだからなおさらだ。どこからか必ずモニターで監視しているはずである。
しかし、対策はちゃんとできている。具体的には、一般客を装った隊員を3班に分け、1班は徒歩で1階入口から、あとの2班は車で地下駐車場から1階まで上がる。そして1階フロアを瞬時に制圧したら、敷地外のあちこちでばらばらに待機していた他の隊員たちを直ちに集結させる。
その一部は、地下駐車場も含め、ホテルの出入口という出入口を封鎖する。残りは、最上階のカジノ場へ突入だ。途中をすっ飛ばして1階から最上階まで直行するエレベータがある。30秒とかからないから、そいつを利用すれば、賭場にいる連中は逃げる間もないだろう。
強行突入のシュミレーションも何度か行っており、万全の態勢を整えている。
あとは、いつ決行するかのみである。片桐はここに京子を連れて現れるという。その時を狙うしかない。迂闊に踏み込んだりして、もしその場に京子がいなかったら、彼女を救出する機会は永久に失われてしまうかもしれないのだ。
そのために、ヤメ検の横島善道をすでに内通者に仕立てている。彼があの賭場に出入りしているという情報は、あの落目欽之助を通じて得られたものだった。
実は、横島はある不動産の売買に関して詐欺を働いていた。弁護士の身でありながら、自ら悪に手を染めていたのである。
これは、ある警察官僚上がりの首相補佐官から中野の耳にずっと以前に届いていたのであるが、将来何かの武器に使えると考え、これまで伏せさせておいたのである。
もしもこのことが明るみに出れば、彼のこれまでの名声は地に落ちてしまうし、弁護士生命も確実に終わる。
中野はこの一件を永久に葬ってしまうことを条件に横島と取引をし、内通者になることを彼に承諾させていたのである。
片桐から電話があった翌日のことである。その横島から、まるで軌を一にしたかのように連絡があった。明日の夜、例のホテルでカジノが開帳されると。
この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。




