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四百八拾参 竜宮城炎上、京子はどこに

 今度は向こうが沈黙する番だった。おそらく、何をどの順番でどのように話すのか考えているのだろう。


 そう思ったおれは、「まずは京子の安否からだ」と言った。


 落ち着いてそう尋ねたつもりだったのに、向こうが答える前から一人でまくし立ててしまった。

「生きてはいるんだろう? まさか、奴に殺されたとでも? いや、そんなはずがない。生きているはずだ。エミーがついているんだから。彼女は今どこにいる? おい、なぜ黙っているんだ。何でもいいから、とにかくそのことだけを一番に答えてくれ」

 

「ちょっと待てよ。そう矢継ぎ早に──」

 松尾が制止するように言った。

「エミーって誰なんだ。彼女って? いや、まあいい。──京子さんのことだが、今どこにいるのかは分からない。ともかく、俺が最後に見た時は生きていた。申し訳ないが、彼女について答えられることはそれだけだ」


 そこでいったんおれの反応を持つように一呼吸おいた。


 そこでおれは、興奮している自分を抑えるようにしながら慎重に口を開いた。

「最後に見た時は──」

 しかし、喉に何かが詰まってでもいるかのように声がかすれている。


 気を取り直し、最初から言い直す。

「最後に見た時は生きていたんだな? だが前後関係がさっぱり分からない。どういう状況だったんだろう」


 しかし、答えは直ぐには返ってこなかった。情報が少ないどころではない。多過ぎるのだ。それらをいったん整理し、再構成しようとしているのであろう。


 やがて松尾が、ゆっくり噛みしめるようにして話しはじめた。

「ともかく彼女が死んだとか、殺されたとかいうのは、この俺は目撃していない。また、そういう情報も確認していない。その前提で聞いてくれるか? 途中で口を差し挟まずに」


 分かったとだけ、おれは答えた。松尾はその返事に満足したようにあとを続けた。

 

「実はあのホテルで火災が発生したんだ。出火先は最上階。そこで開かれている闇カジノの現場に、警察隊が突入しようとしていた。ところがその直前に爆発音がしたかと思うと、直ぐに火の手が上がった。もちろん、警察が閃光弾か何かを中に投げ込む前にだ。そしてほぼ同時に、二人の人間がドアから飛び出した、いや、正確には、一人がもう一人を抱きかかえて、一緒に転がるように飛び出してきたと言ったほうがいいだろう。事情はあとで話すが、俺はまさにその現場でそれを目撃した。それが京子さんと片桐であったことは、警察も確認している。一人死人が出たが、京子さんではない。男だよ、ホテルの社長だ」


 それから松尾が詳しく話してくれた事件の顛末は、次のようなものだった。なお、最初は彼が中野から聞いた内容である。




 3日前に、とうとう片桐から中野に電話があったという。

「先生、お久しぶりです。お元気でしたか?」


 中野は澄まして応対した。

「やあ、君か。ずいぶん御無沙汰じゃないか。携帯を変えたみたいだな。ひどいじゃないか、何も知らせてくれないなんて。ちょうどこっちからも電話しようかなと思ってたところなんだ」


「何か御用でも」


「いや、別に用はないさ。ただ気にかかっただけだ。何しろ君には一方ならぬ世話になったからね」


「もう用済みですけどね」


 中野は辛抱強く言った。

「いや、そんなことはない。いつかまた、君の力を借りなければならない時が来るかもしれない。それまでは別の世界で力を蓄えておくんだな。どうだい、何か事業でも始めたかね? 何しろ……、何しろ君のことだから、世間をあっと言わせるようなことを計画しているのでは。私は密かに期待しているんだ」


 やはり、緊張している。声が上ずったりこそはしていないが、同じ言葉を繰り返している。意識はしているのに、ついやってしまうのだ。


「クックック……。またまた、御冗談を。先生の方こそ政界復帰に向けて、着々と準備をされているんでしょう。何しろ──」

 片桐はここでいったん言葉を切った。それからまた、わざとらしく言った。

「何しろ、先生は転んでもただでは起きない方ですからね。私は期待してますから」


「ハハハ。お褒めの言葉に与って光栄だ。その時は、ぜひまた頼むよ」

 能弁なはずの中野が、それ以上言葉が続かなかった。いつ本題を切り出すか焦っていたのである。


「承知しました。先生の御為おんためとあらば、いつでも馳せ参じます」

 片桐がおどけたような調子で言う。それから一瞬黙った。お遊びはこれでおしまいとばかりに。


「ところで先生──」


「ん、何だね?」

 そら来た、と中野は直感した。


「お嬢様は、息災でいらっしゃいますか?」


「ああ、あいつか。あいつなら、例のごとく勝手気ままにやっとるよ……。何しろ我儘な奴で、今頃は何をやっているのか……」

 緊張している自分を意識しながら、注意深く答える。


「お気をつけくださいね」


「ん、何を? そうか、君にはあいつのことで随分骨を折ってもらった。何しろ、つまらない男から娘を守ってもらったんだからね。おかげで助かったよ。ありがとう。感謝している」

 これ以上いつまで無駄な言葉を羅列していかなければなら不可いけないのだろうか……。中野は心の中で歯ぎしりをしていた。


「クックック……。骨を折った挙げ句に、尻尾まで切られちまいましたがね」


「ちょっと待ちたまえ。いったい君は何が言いたいんだ。娘を……、娘をどうした?」

 ついに我慢しきれずに口走ってしまった。


「娘だって? 本当にあんたは、あの女が可愛いのか? あんたの実の娘じゃないだろうに。あんたの血を分けたね」


「待て! 貴様、娘をどうした?」


「どうもしてませんよ。しかし、気をつけなくては不可いけない。落目と言いましたっけ、あんな男はたかが知れている。だが、世の中には恐ろしい人間がたくさんいる。本当に恐ろしい……。だからお嬢様のことは、この私が今でもしっかり守って差し上げてますからね」


「娘はどこなんだ。どこにいる? 頼む、知っていたら教えてくれ」

 しかし電話はそれで切れていた。

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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