これまでのあらすじ(1)
京子が行方不明になった。そのことは、彼女の父親から初めて知らされた。セミどもがみんみんと喧しい夏の真っ盛りのことであった。
まさに青天の霹靂である。父親はおれを疑い、徒党を組んで突然家に押しかけてきた。おれはたまたま図書館に出かけて留守をしていたのだが、勝手に家探しをしたばかりか、なんと座敷の畳を剥がし、ユンボで床下を掘り返すような狼藉まで働いてのけた。この親父、やってくれる。
あろうことか、おれが彼女を殺して土の中に埋めたということまで疑ってのことだった。妄想たくましいにもほどがある。
実は、京子とは昨年のクリスマスイブに別れたままだ。いや、一方的に彼女の方から去っていったのだ。これもおれの不甲斐なさが招いたことである。それ以来一度も会っていない。だから、彼女が行方不明になろうがなんだろうが、おれの知ったことではない。
なーんてね。そう強がりをいってみたところで、底が知れている。おれは短気で向こう見ずな人間ではあるが、決して竹を割ったような性格ではない。これまでも幾多経てきた人生の岐路では、いつも優柔不断にあれこれ悩んできたばかりか、方向音痴のうえに天邪鬼なものだから大抵間違った方の道を選んでばかりだった。しかも、そのことをいつまでもうじうじと悔やんでばかりいるような人間なのだ。ひとことでいえば、おっちょこちょいのうえに意気地なし。そのうえ性格も悪いときているから始末に負えない。
早い話が、京子にはいまも未練たらたらなのである。だからといってストーカーなんかは決してやらない。そんなことをすればますます嫌われるだけではないか。それくらいの理屈も分からないぼんくら頭は、コンニャクの角でガッキンコだ。いや手加減しないではっきり言おう。そんな奴は、コンニャクの精である〈よんかいせい〉の毒にあたって死んじまえばいいんだ。
コンニャクの精と言えば聞こえはいいが、本当は〈死体花〉の妖怪である。西洋では〈デビルタン〉と呼ばれているらしい。(参百八拾参話)
もう一つ。おれは、何よりも名誉を重んじる人間である。このおれを袖にするような女に泣いてすがったり、しつこく追いかけたりするような……、えーい虫酸が走るわ、そんなみっともない真似をするわけがない。
それなのにどうして彼女を拐かしたり、ましてやその命を奪ったりまでするものか。あのクソ親父め。
あいつは中野十一と言って、慈民党の元有力な国会議員であった。幸民党と民民党と憂民党と敬国律民党と国民自立党、その他有象無象の野党を糾合して、政権交代をなしうる強力な野党を結成しようとしていた。
ところがその矢先に、秘書の矢部唯一が政治資金規正法に違反して捕まってしまった。中野はその責任を取って、国会議員を辞職してしまう。その後、有象無象の野党がどうなったのかは、文字どおり知ったこっちゃない。どうぞ御随意に勝手にしやがれってんだ。おそらく、ただみんなでみんみん騒いだだけでエネルギーを使い果たしてしまって、空蝉にでもなってしまったのだろう。
話を元に戻す。中野十一が国会議員を潔く辞めたというのはただの見せかけであって、政界に戻る気満々のようである。今も事務所を構えていて、秘書も大勢抱えたままである。おれの家に押しかけてきたのは、その秘書どもを引き連れてのことだった。
おれの家とは言っても、百年前に建てて以降、これまで一切修復も何もしてきていないような大変なあばら屋である。しかも、あいつが押しかけてきた時に初めて聞いたことではあるが、あの家は京子の所有になっているというのだから、いやもうびっくり仰天だ。どうやら元の家主である白河家とは、母方と遠縁で繋がっているらしい。
おれがあの家に導かれるようにしてたどり着いた挙げ句に、仕方なく住むようになった顛末については、第壱話から九話、それに弐百弐拾九話から弐百参拾壱にざっと書いてあるので、重複は避けることにする。




