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四百八拾 冤罪事件

 ただ事ではない様子だったので、そのことをタツユキさんに告げると、それなら車で送ってやろうと言う。着くと、寅さんが直ぐに出てきた。


 一緒に降りたタツユキさんが、早速挑発するように言った。

「よお、我らが欽之助を簡単に呼びつけるなんて、どんな了見なんだ?」


「何だと?」

 寅さんが目を剥く。この二人は、会うといつも喧嘩ばかりだ。


「だってそうじゃないか。いいか? 旺陽女おうひめ様が降臨してこんにゃく様を再興なさるんだ。それには、この欽之助様が重要な鍵を握っているんだぞ。それをやすやすと呼びつけるなんて、お前いったい何様なんだよ。せっかく晩御飯食うまでうちでゆっくりさせようと思っていたのに。用があるなら、てめえのほうから来やがれってんだ」


「ふん、お前なんかに用はない。とっとと帰んな」


「何だと?」

 この二人は、いつもそうやって何だと、何だとでやり合っている。

「こっちこそてめえなんぞに用はないんだよ。昨日のホテルの首尾でも聞こうかなと思っていたが、何のことはない。ただ遊びに行っただけじゃねえか」


 すると、寅さんはじろっとおれのほうを見た。しかし、おれはタツユキさんに昨夜のことをそんな言い方で伝えてはいない。とんだ冤罪だ。

 

 タツユキさんはさっさと軽トラに乗り込むと、ブルンブルンといつもより大きい排気音を響かせて帰っていった。


「ところで、何の用でしょうか?」

 苦笑しながらそう聞くと、

「どうしてお袋に酒を飲ませたんだ」

 と、いきなり斬り込んできた。


 とっさのことに何も答えられずにいたら、美登里さんも玄関に顔を現した。

「こんな所ではあれだから、とりあえず上がってもらったら?」

 夫を見て言う。


「うむ」

 寅さんは憮然として奥に引っ込んだ。


「さあ、欽ちゃん」

 美登里さんが促すので、それに従うと居間のほうに通された。ソファに腰を下ろして、何気なくキッチンのそばに据えられたテーブルを見ると、コッブやら酒瓶やらで滅茶苦茶に散らかっている。寅さんがそれを無言で片付けていた。不機嫌この上ない。


 さっきここを立ち去る時にきれいに片付けておいたはずなのに、いったいどうしたことだろう。


 だんだん話を聞いてみると、次のようなことであった。


 寅さん夫婦は、東京の町で久し振りに水入らずのデートを楽しむはずであった。しかし、お義母かあさんをいつまでも一人にしておくのは心配だと美登里さんが言い出したため、早めに切り上げて帰ってきたらしい。


 ところがである。いざ帰ってみると、よねさんが来ていて、二人でカラオケ三昧ざんまいのどんちゃん騒ぎをやらかしていたというのだ。おかげで近所の人からも苦情を言われるし、二人ともひどく酔っ払ってしまっていて手に負えなかったというのだ。


 あれから大人しく昼寝したものとばかり思っていたのに、どうやらその後一人ですっかり盛り上がってしまい、とうとうよねさんまで呼びつけてこの狼藉に及んでしまったらしい。しかも、そのきっかけはおれにあるというのだ。


「お前、自分のほうからのこのこやってきたらしいな」

 寅さんもソファに座って言った。


「はあ……」

 確かにそうだが、でも、のこのこだなんて、何だかトゲみたいなものが感じられる。


「しかも、親切に御飯を出してあげたら、酒も出してくれと自分のほうから要求したそうじゃないか」


「ええっ?」


「何を素っ頓狂な声出してんだ。何でも、京子さんのことが心配で心配で飲まずにはおれないと言って、ガブガブやったらしいじゃないか。それで付き合ってあげたら、こんなになっちまったと、お袋がそう言ってたぞ」


 やれやれ、とんだ濡れ衣を着せられたものだ。


「あのお、登世さんは今どうされてるんですか?」

 怒り半分に尋ねる。


「米さんと二人、座敷で寝ている。寝かせるまでが大変だったんだから」

 そう言って睨む。おのれこの冤罪、いかで晴らすべきか?


「あんた、もうそれぐらいで」

 美登里さんが夫の肩に手を置きながら言った。それからおれのほうを振り返ると、穏やかに言った。

『お義母さんね、お酒を飲むと霊力が高まるそうなのよ。場合によっては、お酒の力で自分自身を憑坐よりましにすることもできる。でも、それで今日みたいに羽目をはずしたりするから、なるべく控えるようにさせていたんだけどね』


 はて、酒は邪気を祓い浄めるためのものではなかったのか……?

「そうだったんですか? どうも申し訳ありませんでした」

 仕方なく謝った。


 すると、美登里さんが小さく、「あれ?」と声を上げた。

「いやだ。欽ちゃんったら、全然酔ってないじゃないの」


「あっ、そう言えば──。お前、本当に飲んだのか?」

 寅さんも今初めて気づいたように言う。それじゃあまるで、飲んだということをおれが自分で言ったみたいだ。


 寅さんは、おれの顔をじっと見ながら続けた。

「本当にガブガブ酒を流し込んでいたら、いつものお前のことだ。そんなに素面しらふでいられるわけがない。もっとべろんべろんになっているはずだ。さてはお袋め、俺たちに叱られるのがイヤで、また嘘をつきやがったな」

 そう言って、美登里さんと顔を見合わせている。


 おれは黙って苦笑しているほかなかった。冤罪が晴れれば、それで良しだ。おれは、こんにゃく様での登世さんの行状を思い出した。彼女は、とんだ大うそつきなのだった。


 そう言えば、京子も時々嘘をつく。登世さんは、京子の教育係を自ら任じているが、この二人、うまくいくのだろうか?


「欽之助、済まん! このとおりだ、赦してくれ」

 寅さんが、突然ガバっと膝に手をついて頭を下げた。


「や、やめてください」

 おれは、慌てて言った。

「登世さんには、今日は本当に良くしていただきましたし、希望もいただきましたから」


「希望?」

 寅さんは頭を上げると、不思議そうにその単語を繰り返した。


 それでおれは、京子がある存在に守られているらしいこと、そしてその存在とはあのわらわんわらわであることが考えられると、二人に告げたのだった。


 しかし、それだけでは説明不十分であると思われた。昨夜の一部始終は、登世さんから当然伝えてもらえるだろうと思っていたのに、それが今日のところは不可能なようであったので、改めて二人に話して聞かせたのだった。これで同じ話を三回繰り返したことになる。

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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