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四百七拾九 都合のいい解釈

 そこでおれは、拝殿に向かって手を合わせることにした。神社での作法については、京子から厳しく言われていたので一応は知っている。


 礼拝の仕方は、二礼二拍手一礼が基本らしい。だがおれは、彼女からどんなに口喧くちやかましく叱られようが、両手で二回パンパーンと打ち鳴らしたあと、一回頭を下げるだけで済ませてきた。それは何と言っても、子供の時分におれを可愛がってくれた爺ちゃんの所作を見てきて、自然に身についたやり方だったからである。それに、最初に二度も敬礼するなんて、いかにも大袈裟でわざとらしいような感じがしたということもある。


 しかし、今日だけは特別だ。彼女が無事に救出されることを祈願するのだから。これが正式なやり方なのかどうかは知らぬが、少しでも神様にこちらの思いが届くようにしなければと思ったのである。それに、今日ぐらいは彼女の言うことも聞いてやらねば……。


 だが、いったんそう決心したものの、やはり気恥ずかしい。こんな小さな、しかもほぼ壊れてしまったような神社で、こんなものものしい拝礼の仕方をするなんて、いかにも怪しい人間だと思われないだろうか。


 おれはまた後ろを振り返って、キョロキョロと辺りを見回した。やはり挙動不審だ。しかし、幸いなことに誰もいない。おれは正面に向き直って、今度こそ二礼二拍手一礼をしたうえで、心から彼女の無事を祈ったのだった。すると、少しだけ清浄な気持ちになれたような気がした。二礼二拍手一礼をしたからではない。形よりも心である。おれはただ彼女の無事を祈る一心でそうしただけである。気持ちさえこもっていれば、柏手かしわでが一回だろうが四回だろうが同じことではないだろうか。


 こうしておれは、こんにゃく様をあとにしたのだった。


 畑や民家の間の道を歩いていると、背後からボロンボロンという車の音が聞こえてきた。すぐ右横で停まったので顔を向けると、軽トラックの運転席からタツユキさんがこちらを覗き込むようにして見ている。


「何だ、こんな所にいたのか。乗れよ」

 と言う。


「ああ、はい」

 と、おとなしく従った。


「あれから首尾はどうなんだ?」

 早速、登世さんと同じことを尋ねてきた。


「それがですねえ」

 とりあえずそう言ってみる。軽トラの助手席で簡単に答えられるような話ではない。


「もっとも、昨日の今日だから大して進展もないだろうが」

 そう言ってくれたので、少し助かった。

「俺もあれからずうっと気になっててな。なにしろ俺様の地主に関わることだから、心配で心配で。トラの奴から何も連絡はないし、お前んに行っても工事人ばかりで、肝心なお前はいないし」


「おれを探してたんですか?」


「そうだよ。こんにゃく様に行こうとして正解だったよ。飯、まだだろう? おれんちに来いよ。一緒に食おうぜ」


「それが、さっきこそ登世とよさんちでいただいたばかりなんですよ」


「何、登世さんちでか? 婆さん、元気だったか?」

 自分の名付け親のことを、そんなふうに呼んでいる。


「はい、ものすごく!」


「そうか、それなら良かった。昨日きのうトラとあんなことがあったから、婆さんしょげてるんじゃないかなと心配してたんだ。それでよねさんが元気づけてやろうと、昨夜ゆうべはしこたま飲ませてやったらしいが……。そうか、二日酔いで寝込んでもいなかったんだな?」


「はい、すこぶる元気でしたよ」


「ふん。あのババーめ、トラの言うとおりあと百年は生きていけそうだな。ついこの間まではすっかり耄碌もうろくしちまってたんだぜ。いよいよくたばるかなと皆で思っていたのに、京子さんの教育係としての仕事を見出したものだから、この頃はやたら張り切ってやがる」

 ふだんは怖がっているくせに、本人のいない所では言いたい放題である。


 仕方なく苦笑いをしていると、

「じゃあ、コーヒーでも飲んでいけよ。クーラーの効いた部屋で、俺のれた熱いコーヒーを飲むのは最高だぜ」

 と、誰かさんと同じようなことを言う。

「全く、アイスコーヒーなんて飲む奴の気がしれねえ。香りも何もあったもんじゃねえからな」


 こちらの返事も待たずに、彼の家に向かっている。とは言っても本当は有り難かった。扇風機しかないあの家で、一日中工事の音を聞きながら過ごすなんて、とても考えられない。


 こうしておれは、コーヒーをいただきながら、タツユキさんと早苗さんに昨夜の出来事を話して聞かせたのだった。


 二人とも例の『十一人衆』の奇妙な話を聞いて驚きもし、そして何よりも京子のことを心配していた。


「そんなことになっているなんて、京子さん、大丈夫かしら?」

 早苗さんが眉をひそめて聞く。


「それが、登世さんの霊視によると、どうも大丈夫なようなんです」


「えっ?」


「登世さんもそこまではっきりとは分からなかったようですが、もしかしたら、エミー……、いや例の人形が彼女を守ってくれているような気がおれにはするんです。希望的観測ではありますが」


「例の人形?」

 二人同時に聞き返す。


「はい。あのわらわんわらわですよ。あの人形は、京子がきよさんから譲り受けて、別のものに生まれ変わったんです」


 二人は顔を見合わせた。やや間があって、タツユキさんが珍しく考え深そうに言った。

「わらわんわらわは、俺達にとっては大変な厄介者だった。この地域を呪っていたんだからな。それが京子さんの手によって生まれ変わった……。そして百年の呪いが解けた……」

 ぱっと妻の顔を見る。

「てことは、おい、登世さんの言ってた、印鑰いんにゃく神社に伝わってきたという話は本当かもしれないぞ」


 早苗さんの顔もぱっと明るくなった。 

「本当ね。やっぱり京子さんは旺陽女おうひめ様だったんだ。そして、旺女陽様は、欽ちゃんの嫁になる」

 今度は二人そろっておれの顔を見る。


「いやいやいや……」

 慌てて両手を振っていると、おれのスマホが鳴った。寅さんからだった。直ぐに来いと言う。

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