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四拾七 清さんの秘密

「僕もそう思って、化野(あだしの)の所に尻を持ち込んでみましたよ。でも、中途解約ができないという条項があるうえに、生涯特約を結んでいるとの一点張りなんだ」


「そんなイカサマ契約書なんて、法律的には無効ですよ。弁護士さんには相談されましたか?」


「無論です。しかし、これも無駄足でした。法律の手が及ばない事案だと言うんです。しかも、化野は不動産仲介業を装ってますが、本当はこの世とあの世との仲介を行っているということでした」


「だったら、この私が乗り込んで――」

 と、清さんがまた印を結ぶ真似をする。


「無駄ですよ」

 バスガールが口を挟んできた。

「どうしてだい?」

 清さんが、睨み付ける。


 しかし、バスガールも今度は怯む様子を見せない。

「あいつは、半妖(はんよう)って言って、人間と妖怪の中間的な存在なんです。しかも、大変な妖力を持っています。

 モンジ老さんが奴の所に行って、例の『之有間敷候これあるまじくそうろう』の一文だけ食べようとしたんですが、手も足も出ませんでした」


 おれは思わず、亀のように(むしろ)の中に手足を引っ込めているモンジ老さんの姿を想像し、つい吹き出してしまった。


「笑い事じゃありませんよ。それで、あなたの(おっしゃ)っている乱れ髪とやらは、どうなさるおつもりですか?」


「どうするって……? うーん、困ったなあ。清さんがモンジ老さんを追い出しちゃったから、また出てくるようになるかもしれない。困るよ」

「困るって、どう困るんですか?」

 えらく追及してくる。


「だって、夜中に出てくるんですよ。それで、両腕を僕の首に絡め付けてくるんだから。困るにきまってるじゃないですか」

「それで、契約書の条項にあるように、首を絞められたりするんですか?」


「首を……? いや、それはないけど。しかし、夜中に出てきてそんなことをされたんじゃ、寝られないじゃないですか」


「一晩中、両腕を搦め付けてきて寝かせてくれないというんですか?」

 

「ちょっと、清さん。何言ってるんですか」

 彼女の言葉に、おれはつい変なシーンを想像してしまい、狼狽してしまったのだった。ねえ、抱いてと、乱れ髪は言っていたが……。


 するとバスガールが、駄目っと叫んだ。

「欽之助にそんなこと、私が絶対にさせないから」


「あんたは、お黙り」

 清さんが鋭く一喝する。

「それで坊ちゃん。一晩中寝られなかったって言うんですか? どうぞ答えてください。どうなんです?」


 いつもは優しい彼女が、今日はなかなか追及の手を緩めてくれない。

 清さん、一体どうしちゃったんだろう。


 然し、一晩中かと問われれば、そうでもなかったかもしれない。いくら振り払っても、両腕が畳の下から伸びてはくるが、時間にしてみればそんなに長くはなかったであろう。


「そうですよ」

 いきなり切り込んでくる。

「あなたは自分が小説を書けないのを、乱れ髪のせいにしたんです。そうやって、自分を誤魔化してきたんですよ。坊ちゃんは卑怯です」


「そんなことを清さんに言われる筋合いはない」

 おれはついに気色ばんでしまった。彼女の言うのが図星だったからであろう。


「坊ちゃん」

 清さんは正座をしたまま、こちらに向き直った。

「さっきも申し上げましたように、私は一度墓の下を(くぐ)った人間です。ですから、あなたがそんな顔をいくらなさっても、怖いことも何ともありません」


 まるで、こちらに果し合いを挑んでくるばかりの剣幕である。

 それならそれで、こっちだって言い分がある。そもそも、こちらがいいというのを半ば強引に住み込んできたんだから。今日こそ、その訳を聞かなければ。


「分かりました」

 一言そう言うと、おれも清さん面と向かい合った。

「あなたの仰ることを、そのまま信じることと致しましょう。それなら、なぜこの世に戻ってきたんですか? そもそもこの家とあなたとの関係は……?」


 清さんはしばらく俯いたまま黙っていたが、やがて思い切ったように顔を上げると、静かに話し始めた。

「私は、百年少し前にこの家に住んでおりました。この家は白河家と言って、鎌倉時代から続く豪族の家系です。私はその遠縁の者でございました。私の家も元は由緒ある家系なんですが、幕府瓦解の時から段々と没落していきまして、私の代で父も死に、母と二人でここに住まわせていただくことになったのでございます」

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