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四百七拾弐 ラスボス、竜尾身

 両側には、例の雪女と傘骨女さんこつじょがいて、片桐にしなだれかかるようにしながら酌をしている。


 一瞬おれは呆気に取られていたが、直ぐに大声を上げた。

「おい、片桐! あんた──」 


「ふん、貴様か」

 向こうはこちらを一瞥すると、面白くも何ともなさそうに顔をそむけた。横着にも、相変わらず立膝で柱に寄りかかったままである。


 おれは怒り心頭に発して、部屋の真ん中をドスドスドスっと駆け寄ると、奴の真ん前で怒鳴りつけてやった。

「あんたが胴元だったのか? ここはおれのうちだぞ。誰に断って博打ばくちやら宴会やらをやってんだ」


 向こうはあざけるようにフンと鼻を鳴らしただけで、何も答えようとしない。


「何だねえ、うるさい」

 雪女と傘骨女が口を揃えて言った。


「さあ、こんな人の相手なんかせずにお飲みなさいよ」

 妹のほうの傘骨女が大きな赤い盃を差し出すと、片桐は立膝のまま片手で受け取る。


 傘骨女は、一升瓶からなみなみと酒を注いだ。今日は骨ばかりではなく、美しい白い皮膚に覆われている。だからと言って、一升瓶で注ぐなんて、これはもう酌をするなんてものじゃない。


 片桐は一息で飲み干したが、美味うまくも何ともなさそうな顔をしている。


「い飲みっぷりだねえ。惚れぼれするよ」

 姉の雪女が、うっとりしたように言う。


「本当に」

 妹のほうも目をとろんとさせている。

「危険な男に見えるけど、本当は心に大きな傷を抱えてい。そこがニヒルで素敵。まさに私のタイプだわ。さあ、もう一杯いかが?」


「お前だけずるいよ。今度は私だ」

 雪女が妹から一升瓶を取り上げた。奴の胸を着物の外から撫でながら言う。

「いい身体をしている。胸の筋肉が鋼鉄でできているみたいだよ。でも、見るからに偉丈夫なのに、あんたには何だか影みたいなものがある。夢を見たんだね? その夢が破れたんだろう? そんなものは忘れて、とにかくお飲み。あとで私がもっといい夢を見させてあげるからね」


 また一升瓶からどぶどぶ注ぐ。


「片桐!」

 おれはつい辛抱しきれなくなって、怒鳴りつけた。

「答えろ。いったい誰に断ってこんなことをやってるんだ? あんたは胴元だか何だか知らないが、ここはおれの家だぞ。──おい、何とか言ってみたらどうなんだ」


 片桐は素知らぬ顔で、大きな赤い盃を再びぐいと空けた。それからおれを見て薄笑いをしながら言った。

「こんなことだと? 貴様はさっき、博打だのカジノだの言ったが、ここは上流階級の社交場なんだぞ。博打ではなくカジノ、宴会ではなくパーティーと言ってほしいものだ。それに、ここは貴様のうちなんかではあるまい。そうだろう?」


「何だって? あっ──」


 肝心なことを忘れていた。何ておれは迂闊なんだろう。絶望感にさいなまれ、同時に自分を呪った。


 気がつくと、片桐に飛びかかっていた。相手の襟首を締め上げるようにしながら、必死になって言った。

「貴様、京子に何を──。彼女はどこにいる? 頼む、教えてくれ!」


 しかし、直ぐに手首を捩じ上げられ、いとも容易たやすく後方に跳ね飛ばされる。


「ワッハッハ」

 片桐が大口を開けて笑うと、周りの者たちもどっと笑った。姉妹の妖怪もさげすむようにおれを見ている。


 片桐が言った。

「彼女がどこにいるって? ほら、そこにいるじやないか」


「えっ、どこに?」

 おれは尻餅をついたまま、キョロキョロと辺りを見回した。しかし、どこにも見当たらない。


「ほら、そこに。貴様の直ぐ後ろにだよ」


 おれは、慌てて振り返った。しかし、どこをどう見ても、彼女の姿は見えない。


「ほら、そこだよ」

 片桐は、さっきまで男どもが変な踊りをしていた場所を指差す。

「彼女がそこで踊っているのが見えないのか? 乙姫様の舞いだよ。赤いおべべを着て、一人で舞っている。あれっ? ずいぶん丈が短いなあ。そうか、俺の羽織を作るために自分の着物をカットしてくれたんだ」

 そう言って、自分の赤い羽織をわざとらしくつまんで見せる。


 しかし、それだけではめなかった。

「それにしてもみじか過ぎるなあ。太腿が露わになってるぞ。大丈夫か、貴様の彼女なんだろう?」


 周りから下卑げびた笑い声が上がる。おれがまた慌ててキョロキョロしていると、哄笑が一段と大きくなった。


 そこでようやく気付いた。こいつら、おれをからかっているだけなんだな、と。


 俺は立ち上がると、片桐を睨みつけて言った。

「悪ふざけもいい加減にしろ! とにかく京子をさらったのが貴様だというのは、ちゃんと分かってんだ。さあ、答えろ。彼女をどこにやった?」


 片桐は真顔で問い返してきた。

「本当に彼女が見えないのか?」


「見えるわけがない。ここにはいないんだから」


「だから貴様は駄目なんだよ」

 ピシャリと言われたおれは、つい自信無げに目だけで彼女の姿を追い求めようとしたのだった。


 すると片桐が、最後にこう言ったような気がした。

「駄目だ、だめだ。やはり貴様なんかには妹はやれない」

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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