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四百七拾 さよなら石児童

 階段をのぼり着くと洋間になっている。その右手が座敷の真上に当たり、同じように和室が二間ある。


 ガラッと襖を開けると、子供たち、いや子供妖怪たちがトランプに打ち興じていた。石児童に豆腐小僧、赤紫よんかいせい、手のどん。何れもおれに対して生意気な口を利く憎たらしいガキばかりだ。


「おれを打遣うっちゃっておいて、いったい今までどこをほっつき歩いていたんだ?」

 石児童がトランプの札を持ったまま、こちらを振り向きもせずに言った。どうもポーカーをやっているようだ。


 後ろに放り出したランドセルからは、教科書やノートなどが飛び出している。


「チョーヤッカイが来なかったか?」

 おれは石児童の問いを無視して尋ねた。


「あいつなら直ぐに出ていった。誰かを探していたみたいだ」

 豆腐小僧が教えてくれた。


 ふと見ると、それぞれの前にメンコが数枚ずつ置かれてあって、手のどんの前に一番多く積み重なっている。


「おいおい、それってチップの代わりなのか?」

 何気なく聞いた。


「そうだよ」

 手のどんが無邪気に答える。


 なーんだ、子供らしいところもあるじゃないか。そう思って苦笑していたら、手のどんが得意そうに言った。

「こいつを換金したら、いい飯代になるんだ」 


「……」


「父ちゃんも母ちゃんも早くに死んだから、代わりに爺ちゃんと婆ちゃんが、おいらに飯を食わせてくれているんだ。──お前さあ、おいらの爺ちゃんを知ってるかい?」


「だって、この前会ったばかりじゃないか」


「会ったからと言って、知ったことにはならない。爺ちゃんはもともと富貴など求めず、清貧に甘んじることのできる人だった。家も持たずに、山の中で木の葉を布団代わりに枕をして寝るんだ。そういう生活を平気でしていたから、付いたあだ名が山中枕やまのなかのまくらだ。

 でも、おいらを育てるのに年金では到底足りないから、近頃ではプロのゲーマーとして少しずつ稼ぐようにしたのさ」


「へえー、どんなゲームなんだろう」


「贈答歌ゲームと言って、山中などを歩いている人間にいきなり歌を仕掛けてやるんだ。それで、相手がちゃんとした返歌ができないと、戦利品として相手の金品を身ぐるみ剝いでもいいというルールになっている。今はまだたいしたことないけど、そのうちもっともっと稼げるようになるって爺ちゃんは言うんだ。だから、それまでおいらがこうやって家計を助けてやるのさ」


 なんのことはない、妖怪の追い剥ぎだ。


「じゃあ、婆ちゃんを知ってるかい?」


「あだ名だけはね。だって君が教えてくれたじゃないか。貧苦貴婦人ヒンクレディと呼ばれているんだろう? 今は何をしているの?」


「ちゃんとパートで働いているよ。貴婦人というぐらいだから、貧すれど鈍することはない。爺ちゃんみたく、追い剝ぎなんかに零落おちぶれたりすることはないさ」


 なんだ、ちゃんと分かっているじゃないか。

 

 そこでおれは、恐る恐る尋ねてみた。

「ところで君たち、まさかギャンブルをやっているんじゃないだろうな?」

 

「ピンポーン」

 すかさず石児童が答える


「ピンポーンじゃないよ、バカ! 賭け事なんて直ぐにやめるんだ」


他人ひとの課題に首を突っ込むんじゃない」

 石児童が口答えをする。


他人事ひとごとなもんか。ここはおれのいえなんだぞ。誰に断ってそんなことをやっているんだ」


「そんなの、胴元に決まってるじゃないか」


「ど、胴元だって? そいつはどこにいる?」


「うるさいなあ、もう──。向こうの広い部屋にいるさ。早くここから出ていってくれよ。いや、いっそのこと、豆腐かコンニャクの角にでも頭をぶつけて死んじまうがいい」


「むっ……」


 すると赤紫よんかいせいが、二人をニヤニヤ見比べながら言った。

「さあて今のお前たちのやり取りは、偸盗ちゅうとう、妄語、邪淫、殺生のどれかに該当するかな?」


 赤紫は、コンニャクの花の妖怪である。「飲酒おんじゅ」を除いた四戒のうちのどれかに抵触すると、猛烈な毒気を吐いて人間を死に至らしめることもあるらしい。


「そんなの、何の腹の足しにもならないや」

 手のどんが言った。


「俺たち子供は構わないのさ」

 赤紫が言った。


「いや、君たちのやっていることは金持ちのやっていることと同じで、偸盗にも等しい」

 おれは、面白くも何ともないことを負け惜しみのように言い捨てると、彼らに背中を向けた。


 するとその背中に向かって、石児童からきつい言葉を浴びせられる。

「なんだ、自分の課題さえ解決できないくせに」


 むむむ、何て腹の立つ奴だろう。お前なんか、例の落雷で裂けてしまった百年杉の根方に、きっと打遣うっちゃってやるからな。今にきっとだ……。


 おれはそう固く決意すると、その場をあとにした。

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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