四拾六 賃貸契約書の謎
「まあまあ、清さん。そのことは大目に見てくれないですか。僕は、欽之助で結構。これでやっと、本来の自分に戻れたんだから」
「坊ちゃんが、そう仰るなら仕方がありません。でも、決してこの娘に甘い顔をしちゃあ駄目ですよ」
「うん、分かった」
おれはそう言うと、再びバスガールのほうに向き治った。
「さてと……。僕はあの時、モンジ老さんには大迷惑していると、君にはっきりと伝えたはずだが。だのに、何故いまだに、彼がここに居るんだろう」
「それは……、あなたとの約束があるから」
「僕との約束って?」
「だから、乱れ髪を私が追っ払ってあげる代わりに、ここに住まわせてくれるって約束」
「それはだから、君がモンジ老さんに頼んでくれたお蔭で解決したはずだ。此処の賃貸契約書に書かれてあった問題の箇所を、彼が食べてくれたお陰でね」
問題の箇所とは、「夜の深き頃に、両腕にて首を絞められることあらんも、異議の申し立てなど、之有間敷候」とあった一文のことである。
「だから、あんたは甘いって言うんだよ」
バスガールがそう言うと、清さんが、すかさずじろっと睨む。
「いや、欽之助……さんは優しすぎる、と言いたくて」
慌ててそう言い換える。
「うーん、分からないなあ。モンジ老さんが食べてくれたから、万事めでたし、めでたしじゃないか」
「だって、契約書は二通あるんだよ」
彼女の言葉に、あっと気づいた。
これは迂闊だった。たしかにバスガールの言うとおり、契約書は正本を二通作成し、二通ともハンコを押したうえで、化野不動産とおれとでそれぞれ保管していたのだった。
「だから、ここにあるものをモンジ老さんが幾ら食べても、食べたそばから問題の箇所が復元されてしまうの。それで彼に常駐してもらうしかなかった」
「そうだったのか……」
すると、清さんが口を挟んできた。
「なるほど、そんなことがあったんですか。しかし本当に撃退すべきは、その乱れ髪とやらではなくて、坊ちゃんを騙して、そんなイカサマ契約書を交わした化野不動産とやらではないですか?」