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四百六拾五 ラポール鳥居を撃退する

 仕方なく立ち上がった。ホームの階段を降りて、駐輪場を通り抜けた。駐輪場の周りは菜の花が満開で、モンシロチョウが、たくさん舞っていた。


 踏切を右に折れ、畑や田んぼの間の広い道をずんずん歩いていった。やがて、潰れた郵便局の支店が見えてきた。赤い円筒形のポストがあった。誰かがぶつけたのか、一部は塗料が剥がれて傾いていた。


 潰れた農協の支店が見えてきた。窓硝子は割れ、屋根に近いところに設置された時計は針が止まったままだった。


 潰れた分校があった。潰れたはずだのに、子供たちの歓声やチャイムが聞こえてくるような気がした。


 市場原理だ。新自由主義だ。効率の悪いものは切り捨てるしかない。古びてすたれてしまったものも、葬り去るしかない。地方創生だか地方葬逝だか何だか知らないが、政治や行政が、キャッチフレーズを作っただけで仕事をしたと勘違いをしている。


 おれはどこに行こうとしているのだろうか? いや、本当はちゃんと分かっている。さっきからそこに導かれるように歩いているのだから。

 

 やがて、麦畑が見えてきた。

「ここだ、ここだ」

 そうひとりごちて、手前の小道を右に折れた。突き当りに赤い鳥居がある。


 いや、鳥居ではなく、高男たかおとこだった。金髪の赤ら顔で、恐ろしくあしの長い妖怪である。


 第一、格好からして可怪おかしい。上半身はブレザーに蝶ネクタイ。ブレザーは赤と緑の派手なチェック柄。蝶ネクタイは真っっ赤だ。おまけに、大きな金色の十字架を首からぶら下げている。腰から下は、赤いズボンに、白いピカピカの靴。季節外れのクリスマス男。


 極めつけは、赤いズボンが鳥居の形をしていることだった。和洋折衷に加えて、神仏混淆だ。おれはこいつに、ラポール鳥居とあだ名をつけてやったのだった。


 ラポール鳥居は、例によって変なダンスのステップを踏むと言った。

「ヘイ、ユー。日本語で言うと、ねえ、あなた」


「はい、さようなら」

 無視して通り過ぎようとすると、ずいと立ち塞がる。

「ねえ、あなた。何だい、おまえ。昭和かよ」

 そう言ったかと思ったら、長い身体を折り曲げ、腹を抱えて笑い出した。顔までしかめ、いかにも苦しそうにしている。


「ちょっと用事があるので、失礼」

 再度通り過ぎようとするが、しつこく立ち塞がる。


「ヘイ、ユー。僕の股の下をくぐれるかい? 相変わらず気位ばかり高いくせに、何もできないんだろう」


「何だ、それぐらい」

 おれはそう言うと、ぱっと両手両膝をついて通り抜けようとした。


「ほお、少しは変わったと見える。だが、そう簡単にいくかな?」

 頭上からそう言う声が聞こえた。


 見上げると、赤いズボンの脚がスルスルスルッと縮んでいった。最後に、高男の尻がドスンとおれの背中に落ちた。


「どうだい、重いだろう?」


「重かあないさ」


「この天邪鬼あまのじゃくめ。だが、今にどんどん重くなるよ」

 そう言われると、本当にどんどん重くなるような気がした。このままだとし潰されてしまう……。


 おれは子供の時分に、爺ちゃんからいろんな妖怪の話を聞かせてもらったものだが、その中の一つを思い出した。


「あんた、先祖に見越し入道がいるんだってな?」

 そう尋ねてみた。ものは試しだ。


「ああ、そうだよ。僕の自慢の先祖だ。だが、いくら首を長く伸ばすことができたって、脚が短いままじゃバランスを崩して倒れちまう。それで、文明開化の際に脱亜入欧を図ったのさ」


 おれは、してやったりとばかりに言ってやった。

「それが、あんたの限界なんだよ。我、見越し入道を見越したり!」


「な、何だって?」

 高男がそう言うや、背中がすっと軽くなった。それを機に、おれはそいつを払い落として立ち上がった。


 高男は、すっかり短くなった脚で胡座あぐらをかくと、しょんぼりとうなだれている。

「僕はただ、君の鼻っ柱を挫いてやりたかっただけなのに。君はね……、君は自ら築いた境界の中に、閉じ籠もってるんだ。そのつまらない気位のせいでね。その境界さえ超えれば、彼女との共感性が生まれてうまくいけるというのに……」


 何だか可哀想になった。しかし、これ以上ラポール鳥居とかかずらっているわけにはいかない。彼を置いて先に行くことにした。もう首がスルスルと伸びて追いかけてくることもなかった。


 今度は本当の鳥居が。いや、鳥居はもうない。足元にその残骸が残っているだけだ。


 参道に一歩足を踏み入れると、左手に手水舎てみずやがあった。柱の上のほうに釘を一本打ってハンガーを引っ掛け、それに白い手拭いを下げている。手拭いには、「洗心」という文字が……書かれて……いない。


 ふと気づくと、近くで見すぼらしい老人が箒で参道をいていた。むしろで作ったような服から裸の手足を出しただけの粗末な身なり。


「モンジ老さん!」

 思わず呼びかけた。


「なんだ、お主か」

 すこぶる機嫌が悪そうである。

「それよりお主、また間違えたな」


「えっ?」


「ここへは箒を持ってくるべきだったんだ」


「はあ……」

 なんでこう、どいつもこいつも訳の分からないことばかり言うんだろう……?


「どいつもこいつもだと? いつまでたっても、お主は変わらんのお。どれ、わしがその腐った性根を叩き直してくれる」

 モンジ老さんはそう言うや否や、箒を振り上げた。


「あっ、ま、待ってください。これは確かに僕が悪かった。ごめんなさい」

 拝むようにしながら誤った。


「ふん」

 ぷいと顔を背ける。


 これだから年寄りは困る。一度へそを曲げると、始末に負えないんだから。とと……、また念が洩れないようにしなくちゃ。まだまだ修行が足りない。


 おれは、例の白い手拭いを目で示しながら、取り繕うように言った。

「モ、モンジ老さん、ここに『洗心』って書かれてなかったですか?」


「それならわしが食ってやった。だがあんなもの、何の腹の足しにもならんわ」

 相変わらず機嫌は直らないようである。

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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