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四百六拾四 〈交流者〉のルール

「何を騒いでいるんですか?」

 車掌がやってきた。鼻髭を生やして、帽子をはすにかぶっている。

「困りますなあ、車内ではルールに従ってもらわないと。さあ皆さん、御自分の席にお戻りなさい」


 皆ブツブツ言いながら、自席に戻っていく。

「いったい何があったというんです?」

 片方の眉を上げて、乗客を見回した。何だかルノー署長に似ている。


「だってこの人が──」

 向かいの女がおれを指差す。


「そうですよ、車掌さん。その男は切符を持っているんです」

「そうだ、そうだ。一人だけルールを破っているなんて、ずるいじゃないですか」

 また口々に騒ぎ出した。


「お静かに」

 車掌は、おれの手にしている切符をまず目にすると、改めておれを上から下までじろじろと見回した。

「何故あなたがここにいるんです? いや、いるのは仕方がない。我々の世界とあなた方の世界は、微妙に振幅しながら重なっていますからね。しかし何故? そうか、あなたは〈交流者〉なんだな?」


「え?」

 おれは訳が分からず、相手の顔を見つめた。


 するとルノー署長はさっと右手を上げるや、立てた人差し指を左右に振りながら、チッチッチッと舌を鳴らした。

「たとえ〈交流者〉だとしても、お互いに相手の世界に関与したり、干渉したりしては不可い。それがルールのはずですよ」


「いったい何のことだか……」

 おれはますます訳が分からず、車掌から目をらして、乗客たちを見回した。皆も血だらけの顔でこちらを見ている。


 すると、最初の老人がまた言った。

「後生ですから、それを譲ってくれないかの。わしの息子が、莫大な損害賠償を請求されているんじゃ。わしが道に迷ったあげくに切符も買わないでこの電車に乗り込んだばかりに。しかし、理不尽じゃないか。あんなに孝行してくれた息子がそんな目に遭うなんてな。だから、わしは息子の元に無事に帰らねばならない。頼む、その切符を──」


 おれはその老人がすっかり気の毒になって言った。

「いいですよ。これはあなたに上げましょう。どうぞ息子さんの元にお帰りください」


「しかし、あんたはいいのかね?」


「構いません。僕は天涯孤独の身です。その上、無職で無能で、女一人助けることもできないていたらくです。もう振られてしまったし、こんな僕を待ってる人なんていませんからね。だからどうぞ、これはあなたに差し上げます」


「いけませんぞ」

 車掌が厳しい顔でおれを見下ろしながら言った。

「申し上げたじゃありませんか。あなたは、ここの世界に関与したり干渉したりしては不可いけないのです。それがルールなんですから」


「何ですか、さっきからルール、ルールとばかり。あなたが一人で勝手に決めたんじゃないですか? そんなものに、こっちが従わなければならない理由なんてありませんよ」

 おれは相手を睨み返しながら、言い返した。こんなところでも、九州人のげってんの性格が出てくるから仕方がない。


「分からない人ですなあ、あなたも……。では、こう言い替えましょう。タイムマシンで過去に遡って歴史を変えてもいいでしょうか? 不可いけないでしょう? それと同じことです。我々〈交流者〉は、お互いに相手の世界の存在と会話できたとしても──いいですか、何度も言いますが──決して相手の世界に関与したり、干渉したりしては絶対にいかんのです。その代わり、向こうの世界のものがこちらの世界に干渉したりしようとするものなら、徹底的に排除されなければならんのです。それがルールです。お分かりですかな?」


「分かる訳がない。それに、このお爺さんの置かれた状況は、明らかに理不尽ですよ。排除するなら、まずその理不尽なことから手をつけるべきではないですか?」


「理不尽な目に遭っているのは、この方だけではない。ここにいる皆さん全員がそうですよ。どうすると言うんです? 切符は一枚しかないというのに。しかし、そのことについては私にも考えがある。他所者よそもののあなたからとやかく言われる筋合いはない。それこそ余計なお世話ってもんですよ。あなたは排除されねばならない。この電車から降りてもらいましょう」


「でも、一番先に頼んできたのは、このお爺さんですから」

 おれはなおも逆らって、隣の老人に切符を手渡そうとした。するとその手をぐいと掴まれる。振り放そうとしたが、強い力でじ上げられた。


 そのうち、例の駅が近づいてきた。ホームに停まり、ドアが開く。


 なおも抵抗してもがいた。すると車掌はおれの襟元を両手で掴んで、ひょいと身体ごと持ち上げた。顔がいつの間にか、ルノー署長から中野十一のものに変わっている。


「君にはもう出番はない。そう言ったろう?」

 さらに高々とおれを持ち上げると、ホームに放り出した。


 おれは尻餅をついたが不思議に痛みはない。その姿勢のまま、赤い電車がコトコト行ってしまうのを呆然と見送るばかりだった。

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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