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四百五拾九 救出作戦

「私のどこが卑怯者だと言うんですか?」

 おれは、すぐ真横にいる中野をまともに睨みつけた。

「愚図だの意気地なしだの言われるのは、まあいいとしましょう。しかし、卑怯者呼ばわりだけはされたくない。私の何をもって卑怯者だと?」


 中野はふっと笑うと、言った。

「えらく何度も『卑怯者』を繰り返したものだ。しかし、君の考えていることや感情はいつも丸見えだな。うろたえたり腹を立てたりしている時に、特にそれが顕著なようだ。まるで子供だよ。ある意味、正直者と言っていいが、政治家にはなれないな」


「はっ、誰が政治家なんかに──。政治家こそ嘘をついたり、寝返ったりするばかりじゃないですか。そういうのこそ卑怯と言うんじゃないですか?」


「政治家がそうするのは国家国民のためだよ。そのために必要とあらば、あえて泥もかぶるし、非難も恐れない。そして結果責任も負う。しかし、君は何だ。自分は安全な所に身を置きながら、ただあれこれ考えあぐねているばかりではないか。口では京子のことを案じているようなことを言っているが、実際に何かできるわけではないし、覚悟もない。そのくせ、他人ひとのしようとすることには難癖をつける。だから卑怯者だと言うんだ。

 いいかね、いくらあのが私の血の繋がったむすめではないからと言って、犠牲にしていいなんて考えるものか。君なんぞに何が分かる?」


 不意に喋るのをやめ、ギラギラした目でおれを見はじめた。奥歯を噛み締めているのか、顎の辺りがぴくぴくしている。いつも人を食ったような態度しか見せない男が、ここまで感情を露わにするのは初めてである。


 だが、こっちだって彼女を助け出したい一心なんだ。それを散々、卑怯者だの能無しだの言われっぱなしで、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。


 おのれ、何と言い返してやろうかと思いながら、こちらも目を剥いて相手を睨み返してやった。そのまましばらく両方で睨み合っていたが、向こうから先に目をらせた。


 顔を少し上に向け、気を落ち着かせるようにじっと目を閉じると、今度は静かな調子で語り始めた。


「彼女が生まれた時から、それこそ掌中の珠のように大事に育ててきたつもりだ。もちろん彼女の母親が亡くなってからも、それは変わらない。妻の忘れ形見だからな。妻は私を恨んでいて、私が尽くしたことにも最後まで報いてくれることはなかったが、それでも私は京子を本当の娘のようにいつくしんできた。

 その娘が今大変な目に遭っているんだ。下手をしたら、命だって危ない。それを、自分の復讐のために利用しようなんて考える親がどこにいるものか」


 目を開けて、こちらを向いた。おれは黙って続きを待った。

 

 中野は再び目を逸らし、左手を開いたり閉じたりしている。意味なく右手の親指でそれを撫でるようにしながら言った。


「あくまでも京子を救い出すことが最優先だ。そして、そのことがそのまま〈十一人衆〉を叩き潰すことに繋がるのだ。

 だが猶予はない。もしあのコーヒーボーイ君が調べてくれたとおりなら、京子は何かの薬を打たれているかもしれない。それが気掛かりだが、いきなり殺すということはしないだろう。敵の狙いは私なんだから。私を苦しめることが目的なら、必ず私に連絡して私の眼前で彼女に手をかけようとするはずだ。ということは、連絡があってからでは、間に合わない恐れがある。

 だから強行突入して機先を制する必要があるんだ。それともほかに手だてはあるかね? あるなら言ってくれ。ないなら、余計な口出しはしないことだな」


「しかしですよ……」

 おれは粘った。

「強行突入すると言ったって、ホテルの部屋は幾つあるか分からないじゃないですか。そこに彼女が居なかったらどうなるんですか? 仮に居たとしても、奴が即座に彼女に手をかけるかもしれない」


「ふふん、それくらい8Kチームが考えているさ。それにホテルの設計図などは、行政から簡単に手に入れられる。だが一番肝心なのは、君も心配するように、京子の正確な居場所を突き止めることだ。松尾君がいい仕事をしてくれたよ。片桐は彼女を連れてカジノに現れるらしいから、そこを狙うんだ。だが、君はまた余計な心配をするんだろうね。カジノは不定期に開かれるから、外れたらどうするんだってな。大丈夫だ。今夜なら間違いないが、まだ8Kチームの態勢が整ってない」


「じゃあ、どうすると……?」

 おれは重ねて聞いた。


 中野はぐるりと皆を見回して言った。

「君たちは信用できそうだから教えるが、くれぐれも外には洩れないようにしてくれ。いいかね、これから一人の金持ちを仕立てる。それくらい警察にとってはお安い御用だ。そうそう、横島善道をそのまま使ってもいいかもしれないな。奴は叩けば幾らでも埃が出る男だから、警察の意のままさ。寅さんと言ったっけ、ふふふ……、全く君のチームもいい仕事をしてくれたじゃないか。まあ、誰でもいいや。そして、その人間がカジノに出入りできるようになって、なおかつそこに京子が現れ次第、直ちに8Kチームに連絡を入れるという寸法だ。

 なに、片桐には手出しをするような余裕は与えないさ。突入と同時に閃光弾、催涙弾をぶち込んで一気に彼女を救出する。〈十一人衆〉はそれからだ。その場に居た者は全員身柄を拘束し、そこから芋づる式に奴らを洗い出してやるんだ。──どうだね?」

 ここまで話すと、得意そうにおれを見た。すっかり、いつもの彼に戻っている。

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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