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四百五拾七 十一VS十一人衆

 中野はさらに〈十一人衆〉のことを次のように語ったのだった。


 昔、室町から戦国時代にかけて会合衆と呼ばれる自治組織があった。合議制により一致団結して堺や大湊などの港湾都市を発展させ、時には傭兵などを雇って戦国大名からの圧力に抵抗することもあった。


 しかし、堺の会合衆であった三十六人衆は後に信長に服従し、秀吉の命により利休が切腹させられた後は、次第にその力を失っていった。


 ところが、この生き残りとでも言うべき人間たちが、実はひそかに組織を維持していたのである。彼らが大いに憤っていたことは、戦国大名らに散々利用された挙げ句に、最後は用済みとばかりに、自分たちがそれまで繁栄させてきた都市の自治権まで奪われてしまったことである。


 そもそも彼ら戦国大名たちが支配権を確立することができたのは、我らが調達してやった鉄砲による武力であったり、むりやり徴収した税金による経済力に負うものではなかったか。


 特に許せないのは、たかが秀吉ごときやからが利休を切腹させたことである。卑賤の生まれのうえに無学無教養な秀吉めが、利休のような当代一流の文化人かつ有徳の人を死なせてしまった。


 奴は、利休を茶頭とする茶会に他の大名たちを招くことによって、自らの権威を高めていったではないか。それになんだ、あの低俗極まりない黄金の茶室は──。利休の追求したわび茶の精神とは、全くかけ離れているではないか。


 なぜこんなことになってしまったのか。翻ってみると、信長の命に従って矢銭などを収めるべきではなかったのでは?


 いや、それは不可能だった。もし逆らっていたら、比叡山のように焼き討ちに遭っていただろう。ではどうすればよかったのか?


 答えは面従腹背だ。表では権力者に服従する振りをしながら、裏ではしっかり金と力を蓄え、その影の力で自分たちの都合のいいまつりごとをやらせればいいのだ。


 こうして彼らは地下に潜って脈々と存在し続け、最終的にくだんの〈十一人衆〉という形に落ち着き、今に至っているのである。


 と言っても、今のメンバーは当初の人間とは血の繋がりはない。政治家のように世襲制ではないのだ。死ぬ時は一切の秘密を墓場まで持っていく。そうしないと、遺族たちがどんな目に遭わされるか分かったものではない。もともとそういう取り決めであるし、了解事項でもあるから。


 では、欠員のままにするかというと、もちろんそうはしない。十一人という数は恒常不変だ。


 後継者は残りのメンバーの合議制で決める。選定基準は、十分な財政的基盤を有していることのほかに、人格が高潔であること、該博な知識の持ち主であること、当代一流の文化人であることとされている。なおかつ、組織の秘密は絶対に守ること──。


 こうした条件を満たすと思われる候補者を皆で出し合って、最後に一人に絞るのである。


 では、そうして白羽の矢が立った当人がもし断ったらどうなるのか?


 その場合は仕方がない。選定作業は最初からやり直しである。断った人は、秘密を守りさえすればいい。もし守らなければ、構成員やその協力者と同様に裏切り者と看做みなされ、厳しい仕置きが待っている。


 本人は最後に間違いなく殺されるが、その前に当人が一番愛しているものが始末される。それは人間とは限らない。その人の愛妻であったり、ペットであったり、世に二つとない茶器であったりする。それも、簡単には行わない。当人を散々じらし、いたぶり、最後に当人の目の前で残虐なやり方で殺したり、破壊したりするというのである。


 しかし、実際に断った人間はわずかしかいない。なにしろメンバーになれれば、自分の会社や一族の繁栄は保証されるし、たとえ闇の世界でとは言っても大きな権力をふるえるのだから。それに当代一流の文化人などと言われて勧誘されるのだから悪い気はしない。



「面白いのは、奴らの代表だよ」

 中野は、にやにやしながら言った。

「〈冥主〉と呼ぶんだそうだ。マスコミは『国政改革推進同盟』の代表世話人だった私を、〈盟主〉と呼んでみたり、〈冥主〉と呼んでみたりして冷やかしていたが、その〈冥主〉こそ私が長年追っていた張本人なんだよ。ようやくそいつに一歩近づくことができたんだ。──これも、優秀でかつ勇気ある君のお陰かな、落目君?」

 

 人を馬鹿にするにもほどがあるってもんだ。おのれ、何と言い返してやろうかと歯をギリギリさせていたら、川辺がまた口を挟んできた。

「しかし、そんな人殺しをするような連中が自分たちのことを文化人だの、人格が高潔だの本当に思っているのか?」


「こうなると、もうカルトだな」

 直ぐに中野は答えた。

「だからこそ、この機会にこんな組織は殲滅せんめつしてやらないと不可いけない。闇の世界から明るい世界に引きずり出して、徹底的に叩きのめしてやるさ。──君のお陰だよ、落目君」

 嫌味ったらしく何度も繰り返す。


「どうされるんですか?」

 おれは不安になって聞き返した。


「8Kが発動する」


「8……K……ですか?」


「そうだよ。通称8K。一般には余り知られていないが、『国家及びその主権者である国民の急迫な危機に際しての情報の収集及び管理並びに警察権力の行使を定める法律』というものがあって、それが初めて日の目を見るのだよ。ふふふ……。

 これは、私がまだ与党の議員であった時に、野党や警察官僚の諸君と一緒に何度も勉強会を重ねた末に、私が中心となって作ったものなんだ。国家という概念には国民も含まれるから、〈その主権者〉云々の文句は取り除いてもいいのではという意見もあったが、私が押し切った。国家の統治機構だけではなく、市井で慎ましく暮らす良民の安寧な生活を守るというのが一番の目的だったからな」


「恥ずかしい話ですが、その法律のことは私も全く知りませんでした。具体的には何を……?」

 おれは、さっきからバカみたいに聞き返すばかりだった。

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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