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四百五拾六 十一人いる

 よくもこんなに憎々しげに他人ひとの顔を見ることができるものだ。いったいおれが何をしたというのだ。


 今にもそう言いたくなるのを我慢しながら、最初から気になっていたことをここで尋ねてみた。

「一つお聞きしたいんですが、どうして私がここにいることが分かったんですか?」


「盗聴アプリだよ」

 中野はこともなげに答えた。

「昼間、私の秘書が君から携帯を取り上げた時にこっそり仕込んでおいたんだ。盗聴だけじゃないぞ。GPSで君の位置情報まで掴むことができる」


 おれは慌てて、カウンターの上に置いてあったスマホを手に取った。画面を何度もスライドさせてそれらしいアイコンを探してみたが、それらしいものが見つからない。


「何という間抜け面をしているのだ」

 中野が吐き捨てるように言う。

「そんなものは、直ぐに発見されないように巧妙に隠しているに決まっているじゃないか。それに君は、我々が簡単にスマホを返したことを、可怪おかしいとは少しも思わなかったのか? そういう仕掛けをされたことさえ疑わなかったのかね? 全く能天気な男だな。そんなことだから、女一人守ることさえできないんだ。娘との交際を認めなかったのは正解だったよ」


 女一人守ることさえできないって? そもそも、京子とはとっくの昔に別れている。と言うよりも、彼女のほうからおれに愛想を尽かして離れていったのだ。


 結果的にあんたの望みどおりになったじゃないか。それなのに、彼女が行方不明になったからといって、おれに何の咎があると言うんだ。おれを恨むなんて、お門違いもいいところだ。


 そもそも昼間の出来事といい、あんたには言いたいことが山ほどある。ようし、この際、全てぶちまけてやるか……。


 そう思って口を開きかけた時だった。それまで黙っていた川辺が間に入ってきた。

「するとあんたは、これまでの我々の会話を盗聴していたということだな? それなら分かっているはずじゃないか。この男はここで遊んでいたわけではない」


 すると中野は、にやりと笑っておれを見た。

「そうだな。瓢箪から駒とは、まさにこのことだ。私はあくまでも君を疑って盗聴することにしたんだが、まさか娘の失踪にあの片桐が絡んでいようとはな。君には感謝しなければなるまい。おかげで娘の居場所が分かったし、思いがけず〈十一人衆〉の存在まで確認できたんだからな。ふふふ……、いい機会だ。一網打尽にしてくれる」


「十一人衆?」

 残りの人間が一様に繰り返した。


「何だい、そりゃあ?」

 川辺が聞き返す。


 マスターも、それまでグラスを磨いていた手を止めて言った。

「十一人衆……? 我々の業界では……、いや、もう足は洗ってますがね……、そいつは都市伝説のように業界で語られていましたよ」


「そうだよ。警察業界でも長い間、都市伝説だったんだ。そういう謎の組織があるらしいとね」

 と、中野は答えた。


「彼らは、自分たちのことを自治組織だと言ってうそぶいている。政治家や政府が一切信用できないらしいんだ。だから、その時々の情勢によって自分たちの思い描いている理想的な世の中になるように政治や経済を動かすんだとね。そのために政府とは別の権力を行使はするが、自分たちの特定の統治機構は有していない。必要ないのだ。要は、金の力で政治や行政を動かせばいいのだから。

 だからと言って、ロビイストや圧力団体のように表では動かない。地下に潜伏して活動する。具体的には、自分たちの意に沿わない政治家などを失脚させたりする。時には暗殺も厭わない。海外の要人も標的になることさえある。しかし、自分たちで直接手を下すことはない。その道の専門家を使うのだ。それも、プロ中のプロ。例えば、ゴルゴ13のようなね。

 しかし、普通はそこまではしない。目立たないように徹しているからね。通常は政治家や官僚、或いは学者、評論家、ジャーナリスト等々……、近頃ではITの専門家やハッカーなども使って、世論を巧妙に誘導するんだ。彼らは巨額の報酬を見返りに確実に仕事を成し遂げる。場合によっては、海外に逃してもらって、一生贅沢な暮らしを保証されることもあるらしい。

 その代わりに組織の秘密を漏らさないことが要求される。もし、バラしたり裏切ったりしたらたちどころに消される。それは、十一人の構成員も例外ではない。こうして、〈十一人衆〉は鉄の結束を保っている。

 だから、特定の統治機構なんて持たないほうがいい。いつも同じ手足を使っていれば、自分たちの存在がばれてしまう恐れがある。それに人数も極力少ないに限る。したがって、組織の構成員と言っても、十一人いるだけだ……。

 長年そのように警察関係者の間では語られてきた。だが、伝説ではなかったんだ」


 ここまで中野は一気に語ると、ジントニックを再び口にした。目を閉じて、ゆっくり味わうようにしている。或いは、これまでのことを回想していたのかもしれない。


「実は私は警察族でね」

 再び口を開く。

「ふふふ……。防衛族はあっても、警察族なんて言葉は聞いたことがないだろう。一文の金にもならないからね」

 いたずらっぽく笑っている。


 さらに続けた。

「私は自分の出自からして建設族だったんだが、実は国会議員になった当初から、警察関係者と積極的に人脈を築いていったんだ。何故だか分かるかね?

 それは、警察というものが、国民の一番身近なところで国民の命、財産、安寧な生活を守るものであるということも一つにはあったが、もう一つ、単純に警察官に親近感をいだいていたからだ。彼らには随分世話になったからなあ。

 警察官と言ったって、昔は私と同じように不良だったような連中も結構いたんだ。バイクを無免許運転して警察官に追っかけ回されてたような奴が、白バイ隊員になったりとかね。そんな奴らは悪だった私を随分心配もしてくれ、親身になって世話をしてくれたものだ。だから、自然に現場の警察官や警察官僚とも親しくなっていったんだ

 そんな中で、例の〈十一人衆〉の噂が私の耳に入ってきた」

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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