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四百四拾六 深まる闇

「どういうことなんだ?」

 松尾が直ぐに聞いてきた。

 マスターも川辺も、同じようにおれの答えを待っているようだった。


 おれはやむを得ず、竜尾身りゅうびしんという妖怪について、爺ちゃんから聞いていたとおりのことを話して聞かせたのだった。


 こちらが話している間、マスターはいろんなものを器用な手付きでシェーカーに入れながら、耳だけはこちらに傾けているようだった。


 川辺も時折ネバダに口をつけては、静かに聞いている。


「こんな話、皆さんからは一笑に付されるかもしれませんが……」

 話し終えると、念のため最後にそう付け加えた。


 マスターは黙ってシェイクを始める。川辺はその様子を少し見ていたが、やがてこちらを振り向いて言った。

「すると君は、片桐の正体がその竜尾身だと考えているわけだね。或いは、その妖怪に取り憑かれている可能性があると?」


「はい。荒唐無稽だと思われるかもしれませんが」


「いや、それはあり得るかもしれない」

 意外にも、松尾が言った。

「俺の故郷さとでは、隠れキリシタンたちが幕府の残圧でむごい殺され方をしたり、無辜むこの民が原爆で7万人も殺されたりしているんだ。そんな土地柄だから、怪異譚かいいたんには事欠かなくてね。俺自身も実際に体験したことがあるんだが──」


 すると、いきなりカラカラと大きな音がしだした。マスターがシェイカーを振る音である。さっきはそんな音はしなかったので、少し驚いた。


 皆の視線がいっぺんに集中したので、マスターは「失礼」と言った。「氷を入れたんでね」

 そう言ってニヤリと笑った。皆も一緒に笑う。


「まあ、その話は別の機会に譲るとして、さっきの話に戻そう」

 松尾が、まだ半分笑いながら言った。

「あのホテルは確かにガードが固くて、難攻不落に見えた。だが、どんなにガチガチに防御を固めていたって、必ずどこかに弱い箇所があるものだ。

 実はあのホテルの創業者は、あまり世には知られていないが、明治維新の際に幾ばくかの功績があった人なんだ。新政府の役人などに取り立てられることはなかったが、彼が創業したホテルは当時の元勲や外国人たちの社交場のようになって、大いに成功した。ホテルも札幌、仙台、愛知、大阪、広島、博多にと、だんだん増やしていったんだ。それ以来、戦禍を何度もくぐり抜けながら、手堅い経営を続けてきた。今も株式の大部分を創業者の一族が握っている」


「氏素性も分からない片桐のような人間が、どうしてそんなホテルとつながりができたんだろう?」

 思わずそう口にすると、まあ待てよ、と軽くいなされる。


「調べてみて分かったんだが、ホテル・キューミノンは一度、身売りしかけたことがあったんだ。確か2013年だったかな? 日本経済はリーマンショックの影響でガタガタだったし、客足も落ち込んでいた。ところが、いよいよ買収寸前のところで、経営陣の間で一族を巻き込んでの内紛が起きた。それで、今の社長に交代したんだが、たまたま運も良かったんだろうなあ。ほら、2015年にビザの発給要件が大幅に緩和されたじゃないか。それで訪日客が激増したこともあって、あのホテルも少しずつ経営状態が改善していったんだ。しかし、決定的に潮目が変わったのは、その時ではない」


 松尾はそこまで言うと、川辺に目配せをした。川辺が頷くのを確認すると、続きを言った。

「潮目が変わったのは、翌2016年だ。その年に、いわゆるカジノ法案のうちのIR推進法が成立した。それからだよ、あのホテルの業績が一気に回復したのは」


「しかし──」

 と言ったまま、おれは頭の中を巡らせた。


 おれの知っているところでは、IRというのは、いわゆる統合型リゾートであって、カジノばかりでなく、映画館や劇場などのアミューズメント施設やショッピングモール、あるいは国際会議場などを一つの場所に統合したものであるということだ。そういうことからすると、あのホテルがいくら格式の高いホテルだからといって、単独では条件を満たさないはずである。第一、東京都で候補地として上がっているのは、お台場だと聞いている。場所も全然違うではないか。


「まさか……?」

 思わず、そうつぶやいてしまった。

   

「その、まさかだよ」

 すかさず、松尾が言った。険しい表情でこちらの顔を覗き込むようにしている。薄暗い店内で、相手の目だけが異様にギラギラ光っていた。その厳しい視線をそのまま川辺に向けると、川辺はさっきと同じように頷く。


 松尾は、射抜くような視線をまたこちらに向けると言った。

「闇カジノだ」


 それまでシェイクをしていたマスターが一瞬手を止めて松尾を見たが、直ぐに何事もなかったように再開した。


 おれは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「何故それが分かったんだ?」

 声がしゃがれている。


「さっき言ったろう? いくらガチガチに防御を固めていたって、必ず弱い箇所があるはずだって。つまり、いまの社長さ。彼は本当はボンクラでね、ホテルが業績を回復することができたのは、たまたま運が良かっただけで、彼の実力ではない。この7月にはIR推進法に加えて、IR整備法が成立しただろう? 業績はさらにうなぎ登りさ。それをはき違えて、ワンマンに振る舞っているばかりでなく、相当遊び回っているようなんだ。そこに俺は目をつけた」


「しかし、どうやって……?」


「女だよ。男に金ができて遊ぶとすれば、まず女だと相場が決まっている。銀座のある高級クラブなんだが、奴はそこのホステスに入れあげていてね。その女からいろいろ聞き出すことができたんだ。特に闇カジノの実態についてね」


「分からないなあ」

 と、おれは言った。

「さっきは、たまたまそのことが頭の中に閃いただけで、何も合理的な根拠があってのことではないんだ。カジノ法案が成立したからって、カジノそのものが全て合法化されたわけではない。闇カジノなんて、それこそ摘発でもされたら、格式の高さを売り物にしているホテルにとっては致命的なダメージだ。そんなリスクを冒しながら、こそこそ隠れてやることが、はたして業績の拡大につながるだろうか?」


「しごくもっともな疑問だ」

 松尾は唇の端を歪めて笑った。それから、事もなげに言った。

「だったら合法化すればいいじゃないか」

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