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四百参拾四 昼下がりの、のどかな光景

 タツユキさんたちは、まだ同じようなやり取りを繰り返していた。

「いいか、木枯らし紋次郎はだな、長楊枝を口にくわえたままニヒルにこう言うんだよ」


 すると、誠がすかさず言った。

「それを言っちゃあ、おしめえよ」


「馬鹿、そんなんじゃない。いいか──」

 ますますむきになっている。


 ところが、とうとう駐在さんが、

「あっしには、かかわりのないことでござんす」

 と、先に言ってしまった。


「あっ、こいつめ。お前が言うか? それこそ、それを言っちゃあ、おしめえじゃあねえか、コンチクショウめ。まあ、いいや。俺の喧嘩殺法は、紋次郎を参考に俺が独自に身に付けたものでね、あの時それを使っていれば、決してトラなんかには負けなかったんだが」


「あの時というのは、例の決闘事件のことを言ってるのか?」

 駐在さんが聞く。


 急に口調が変わったことに、おれはいささか驚いた。


「そうに決まっている」


「だが、お前は決してトラの挑発に乗らなかった。だからこそ、早苗と結婚できたんじゃないか。トラのお陰だよ」


 この様子だと、どうやら高校の同級生同士らしい。


「こいつ、他人ひとの女房を呼び捨てにするんじゃないよ」

 タツユキさんはそう言って、駐在さんをヘッドロックにかけた。


「やめろ! 本官を舐めると、公務執行妨害で逮捕するぞ」


 市民と警察官がじゃれ合っている。何という平和な光景だろう。この平和がいつまでも続きますように……。


 いやいや、そんなことを呑気に願っていどころじゃない。

「皆さん、あの……」


 すると、誠が気付いて言った。

「ノートを大事そうに抱えているが、それがどうかしたのか?」


「そんなからのノートが何の役に立つんだよ」

 タツユキさんも、駐在さんを解放して言う。


「今はゆっくり説明している間はありません。取りあえずこれを持って外に出たいので、皆さん、協力してもらえますか?」


「よし、任せとけ」

 タツユキさんが即座に言う。皆も頷いている。


「まずはお茶でも出して、あの人たちの注意をらしてみましょう」

 早苗さんがそう言うと、他の女たちも頷いている。


「分かった。それでも駄目なら俺たちで何とかしよう。なーに、あんなヘナチョコども、俺の喧嘩殺法であっという間に片付けてやる」


「もちろん俺たちも手伝いますよ」

 英ちゃんがそう言うと、誠も指をボキボチ鳴らす。


「お前はどうするんだ?」

 タツユキさんが駐在さんに聞くと、

「本官は市民の安全を守るのが使命ですから、刃傷にんじょう沙汰ざたは困りますな」

 と、澄まして答える。


「バーロー! 刃物を使うわけじゃないんだから」


「刃物を使う、使わないは関係ない。暴力沙汰が不可いけないと言ってるんだ」


「どうしても駄目か?」


「駄目だ」


「やはり、こいつから先に片付けることにするか」


「おい、待てよ」


 二人とも、いつの間にか真顔になっている。


 タツユキさんがわずかに右手を動かしたとたん、駐在さんはさっと身を翻した。

「待ちなって言ってるだろうが」

 そう言うと、腰の拳銃ホルスターに手を掛ける。


「大吉、お前……」

 タツユキさんも、さすがに青ざめる。どうやら、駐在さんの名前は、大吉というらしい。


小中(こなか)さん、いったいどうしたって言うの?」

 早苗さんも目を見張っている。どうやら駐在さんの苗字は、小中というらしい。


「駐在さん!」

「小中さん!」

 皆も口々に叫ぶ。


「大吉!」

 ひときわ大きな声を出したのは、登世さんだ。

「何やってるんだ。せっかく私がいい名前を付けてやったというのに。親が泣くぞ」


 いったい、何百人の名付け親になっていることやら……?


「そうだぞ、大吉。落ち着くんだ。それを抜いちゃあ、お終えだからな」

 タツユキさんがなだめるように言う。


「バーカ。そう簡単に抜けるもんか」


「じゃあ、なぜそこに手を当てているんだ」


「ふん。これはなあ、警察官の魂なんだ。ひとたびぶっぱなしでもしたら、簡単に人様の命を奪ってしまうような代物よ。警察官というものは、国民の信託を受けて、そんな大層なものを預かっているんだよ。だから俺は、こいつのことを警察官の魂だと思っている。刀が武士の魂であるようにな」


「それで、その魂がどうかしたのか?」


「警察官というものは、常に中立公正な立場で、仕事をしなければならない。いくらお前と仲良しだからって、情実にとらわれては駄目なんだよ。国家と国民を守るために俺たちが従うべきは、あくまでも法律であり、警察官としての規律であり、そして上司なんだ。

 だが、それでも判断に迷うことがある。そんなときには、こうして銃に問いかけることにしているんだよ」


「それで、どんな答えが出たんだ?」


「あの秘書たちは、警察庁刑事局長の許可を得て、中野さんの娘さんの捜索を行っている」


「それで?」


「警察庁刑事局長と言やあ、俺の究極の上司でもある」


「ほお、それで?」

 タツユキさんの顔が、またこわばる。


「普通のサラリーマンでも、上司の命令には従わなければならない。警察官ならなおさらだ」


「だから何なんだ、回りくどい。端的に答えろ!」


「だが、これは明らかに違法だ。令状も何もなしに、しかも警察官でも何でもない人間が、個人の住宅に踏み込み、乱暴狼藉を働いている。なおかつ、別の場所では一人の女性が命の危険にさらされている可能性がある。以上のことからして、本官としては、この青年がここを脱出する手助けをするものである。ただし、暴力はいかん!」


 皆の間から、パチパチと拍手が起きる。


 小中大吉巡査部長は、照れ臭そうにうそぶいた。

「やれやれ、これでまた上層部からは睨まれるかもしれねえな。ハハハ……。どうせ俺は、組織の小さな枠の中には、到底収まることができない人間なんでね。今さら出世なんて望んじゃいないから、一向に構いませんや」


 たぶん、刑事ドラマの見すぎなんだろう。

この作品はフィクションであり、実際にあった事件若しくは実在する人物又は団体等とはいっさい関係がありません。

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