四百弐拾七 欽之助、逡巡する
「おい、いつまでもひでブツブツ独り言を言ってるんじゃないよ。何か気づいたことがあるのか?」
寅さんが尋ねてきた。
おれは、慎重に答えた。
「いえ、まだ確信に至ったというけではないので。秘書の片桐が怪しいとは思うのですが、でも……」
すると今度は、
「全くお前って奴は、タツの言うとおりだよ。口を開けば『いえ』とか『でも』で始まるんだからな。それに、『……』っていうのも多すぎるんだよ。その『……』の部分はどうなんだよ?」
と、たたみたかけてきた。
よく『……』を口で言えたものだ……。
「直ぐにカッとなるくせに、優柔不断なところがあるからな」
「いろいろ考えすぎるからだ」
英ちゃんと誠が、追い打ちをかけてくる。
思わずムカッとなったが、今はそれどころじゃない。おれはぐっと念を抑えて言った。
「確かめてみるしかありません。まずは行動あるのみです」
「どうすればいい? 俺たちも加勢するぜ」
「そうだとも」
「何でも言ってくれ」
皆が口々に言う。
「いや、待ってください。さっきも言ったように、もし相手が本当に竜尾身だったら、命の危険が伴うんですよ。これは僕自身の問題です。他人を巻き添えにするわけにはいきません。僕の言ったことを信じてもらえただけで十分ですから」
「他人だと?」
「聞き捨てならないな」
「そうよ、私たちのことをそんなふうに思っていたなんて、心外だわ」
「本当ね。何だか淋しいわね」
「欽之助がそういう魂胆なら、それでいいや。僕たちは僕たちで何とかやってみようじゃないですか」
「そうだな。俺たちにだって何かできるはずだ。こいつの言うとおり、まずは行動あるのみだ。やみくもにでも何でもいいから動いていれば、何かの手掛かりか端緒のようなものが見えてくるかもしれないからな」
一斉に言うので、もう誰が何と言っているのか区別がつかない。
「静まれ!」
登世さんの一声で、とたんにシーンとなる。
「さっきも言ったではないか、婿殿が解決なさると。くれぐれも勝手に動いてはならぬ。我々は協力するのみだ。良いかな?」
それでまた、全員の顔が一斉にこちらに向けられる。一人を除いて──。
化野零児が、まだこの場に残っていたのだった。
相変わらず顔は畳に向けたまま、こちらのことを見ているのか見ていないのか分からないような振りをしながら、その実しっかりとこちらの様子を伺っているようだった。
さて、こいつをどうしたものか。追い返したほうがいいのだろうか?
だが、さっきの言動からして、敵でも味方でもないのは確かである。とりあえず放っといても問題はないだろう。
すると、化野は下を向いたまま、フフンと鼻を鳴らした。やはり気味の悪い奴だ。
おれは一同に向かって頭を下げた。
「皆さん、申し訳ありませんでした。でも、皆さんのことを他人などとは、決して思っちゃあいません。おれと京子とのことでこれ以上迷惑をかけたくないと思うあまり……。いや、これは迷惑なんて話じゃない。祖父によれば、相手は本当に凶悪なやつで、どうかすると命を失う危険さえあるんですからね。皆さんを巻き添えにするわけにはいきません。どうか分かってください」
『でも』と『……』と『いや』が、どうしても出てくる。
すると、寅さんが言った。
「お前と京子さんだけの問題ではない。これは俺自身の問題でもあるんだ。オフクロには叱られるがな」
美登里さんが、すかさず相槌を打つ。
「そうよ。それに私は、一度会っただけであの人を好きになった。もしあの人が危ない目に遭っているっていうんなら、何とかして助けてあげたいというのは当然だわ」
タツユキさんも言う。
「俺たちだって同じだ。俺の淹れたコーヒーをまた飲みに来てくれると約束したんだから。──なあ、早苗」
「うん。私の焼いたクッキーを、本当においしそうに食べてくれた。それを見ていた私たちまで、何だか幸せな気持ちに包まれたの。あの人には、そういう不思議な力がある。登世さんの言うように、本当に救い主のような方なのかもしれない。それを知らん顔なんてできないよ」
「皆、よくぞ申した」
登世さんが椅子に座ったまま、満足そうに頷く。両手で杖を持って体重を預けているものだから、とうとう畳に穴があいてしまった。
彼女は続けた。
「だが、さっきも言ったように、くれぐれも勝手な動きは禁物じゃ。必ず婿殿の指示に従うんじゃぞ。さもないと、相手は凶悪なやつだそうだから、どんな目に遭うか分かったもんじゃないし、何よりも旺陽女様の御身が危ないからな。皆は自分の都合でひめ様の御身を案じておるが、そんなことよりもコンニャク様の再興とこの地域の繁栄がかかっておるんじゃ。何としてもひめ様をお救いせねば」
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