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四百弐拾六 おっちゃんとオッチャンとおいさんと

「で、お前には心当たりがあるって言うんだろう? そしてその心当たりっていうのは、片桐とかいう秘書が竜尾身りゅうびしんで、そいつが京子さんを拉致した可能性があるっていうんだな?」

 寅さんが矢継ぎ早に質問してくる。


「うーん、実はそこまでの確証はまだないんですが……。ほら、さっき登世とよさんが言ってたじゃないですか。秘書たちのことをトカゲのしっぽだと。それで急に祖父の話を思い出したんですが……、あっ──」


「な、何だよ?」


「ちょっと待ってもらえますか? トカゲのしっぽ……。トカゲのしっぽ、と……」

 おれは腕組みをすると、片手を額に当てた。三本の指を眉間に当てて、ぐるぐる回す。これは、京子が困ったときの癖だった。


「ふふっ」

 美登里さんが笑った。

「京子さんと同じ仕草ね。やはり愛し合っていると、似てくるのかしら」


「ははあ、シンクロだな。離れていても、心はどこかで通じているんじゃよ。クラウドで情報が共有できるようにな」


「オフクロー!」

 寅さんが叫ぶ。

「どこでそんな横文字を覚えたんだよ」


「うーん、トカゲのしっぽ、トカゲのしっぽ、と……」

 おれはそう呟きながら、〈ヴィクターズ〉での出来事を思い出していた。



 あの日おれが一人で飲んでいると、片桐が突然やってきた。奴はおれがどこにいようと、勝手に居場所を嗅ぎつけては、京子と別れるよう迫ってくるのだった。


 ある時は金で(奴はそれをコンニャクと言っていた)、ある時は暴力でおれを屈服させようとしてきたのである。

 

 あの日片桐は〈ヴィクターズ〉を出た時に、ジローちゃんとすれ違っている。


 ジローちゃんは、マスターの弟だ。白髪交じりの短髪で、ぽつちゃりとした人だった。普段は緑色を基調としたポロシャツにライトベージュのチノパンツ姿をしている。それに、茶色の鞄をたすき掛けにしたスタイルで、毎日の夕方、きっちり同じコースを散歩する。


 散歩が終わると、店にやってくる。ドアを開けると、必ずマスターに向かって「お兄ちゃん、こんにちは」と挨拶をする。


 それからおれに気づくと、

「何だ、オッチャンも来ていたのか。オッチャン、こんにちは」

 と言う。これがお決まりのパターンだった。


 以前にも触れたように、オッチャンというのは、おれの子供の頃のあだ名である。おっちゃんからオッチャンと呼ばれれば、世話はない。


 ジローちゃんは、ピアノの天才だ。どんな長い曲でもたった一度聴いただけで、音符一つ狂うことなく弾き直すことができる。それに歌もうまい。声もいい。


 おれは京子と二人で彼の歌と演奏を聞くのを、大きな楽しみとしていたのだが……。


 その彼が片桐と出会ったことが、一度だけある。奴がさんざんおれを愚弄して〈ヴィクターズ〉を出た時だった。


 ジローちゃんは店に入ると、すぐに言った。自分も含めて誰にも見えはしないが、奴のあとに何かたくさんのものがぞろぞろとっている音が聞こえたと。それに、ぴくんぴくんと脈打つような音も聞こえたというのである。


 マスターは、またいつものことだと言わんばかりに、こちらに目配せして笑うのみだったが、おれは何か不穏なものを感じたのだった。


 しかし、今日の今日まで爺ちゃんの話と結びつけることはなかったのである。


 ゾロゾロ這っていたり、ぴくんぴくんと脈打つような音が聞こえたというのは、トカゲの尻尾のことではなかったか?

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とはいっさい関係がありません。

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