四百弐拾五 おれにはつええ味方があったのだ
「あの人が呪われているというのは、京子さんが失踪したことと、何か関係があるのかい?」
米さんが聞く。
登世さんは軽く頷くと、おれを見て言った。
「婿殿に心当たりがありそうじゃな」
皆の視線が一斉にこちらに向けられる。
いや、婿殿と言われても……。
さっきから敬語を使われていることと言い、ひょっとしておれは『のっそりひょん』から昇格したのだろうか?
「心当たりがあるっていうんなら、早く何とかしろよ」
『村人A』から昇格した英ちゃんが、早速言う。
「そうだよ、説明しろよ。俺たちも手助けするから」
これは、『青鬼』もしくは『ヤンマー』から昇格した山田誠。
「俺もだ」
『赤鬼』から昇格した寅さんが、ぐいと詰め寄ってくる。まさに鬼の形相だ。
「もちろん俺もだぞ」
タツユキさんが負けじとばかり、頭にタオルをギリリと巻き付けながら迫ってくる。
おれにとっては、タツユキさんは最初からタツユキさんだったが、もとは蛇として生まれ変わってくるのを、登世さんが竜に昇格してあげたのだった。
「呪いなんて、気味が悪いわね」
「心配だわ」
女たちは、不安そうに顔を見合わせている。
「婿殿が全て解決なさる」
登世さんが無責任なことを言う。
「あなたの仰るとおり、その何とか言う秘書が怪しい。その男を当たりなされ」
おれは驚いて、すかさず尋ねた。
「登世さん、分かるんですか? 秘書が怪しいって?」
「分からないでか」
平然と答える。
「私は、いちどきに千のことを見通すことができた千見子の娘なんだからね」
「じゃあ、京子の居所も分かるのでは?」
おれは急き込んで聞く。皆も期待を込めて一斉に彼女のほうを見る。
「いや、そこまでは分からんよ」
平然と答える。
これにはみんなで、盛大にずっこけてしまった。
「何だよ、オフクロ。口ほどにもない。ここは何としても京子さんにオフクロの跡を継いでもらわないと、俺が困るんだ。何とかして彼女を見つけてくれよ。神職を継ぐなんて、俺は御免だよ。俺には百姓があるんだから。第一、俺には、オフクロみたいに霊感なんてなんにも持ち合わせてないんだからな」
寅さんがぶーぶー言う。
「このたわけ者! こんな時に、お前は京子さんのことよりも自分のことを心配しているのか? 何だ、俺、オレ、オレと、サッカーじゃあるまいし」
「いや、もちろん彼女のことのほうが心配なんだけども……」
俯いて、もじもじと農協の帽子をいじっている。
「しょせんは私もただの人間じゃ。万能ではないゆえ、旺陽女様のいらっしゃる所までは分からぬ。たとえ卑弥呼でも分からぬわ。だが、ひめ様が危険にさらされていることだけは強く感じる。それもこの世の者ならざるものの手によってな。──あなたがお救いするしかあるまい」
登世さんはそう言うと、最後に鋭い眼光をおれに向けた。
皆の視線が、またおれに集まる。どうしようか迷っていたら、ふと秘書がまだ二人残っているのに気づいた。
おれの不安がもし的中しているのなら、彼らに下手に動かれでもしたら、京子が危ない。さて、どうしたものか?
おれと目が合った秘書の一人は、チョッと舌を鳴らしてして言った。
「片桐さんが関係しているなんてありえませんよ。あなたの言うとおり、彼は本当に先生に私淑していましたからね。そんな彼に、先生も十分な金で報いました。絶対にない話ですよ」
すると、もう一人も言う。
「それに、先生が呪われているって? 馬鹿らしくて聞いちゃおれない」
「そうだな。俺たちは、下でもう少し地面を掘るのを監督して、何かあれば先生に直ぐに報告することにしよう」
二人が階段を降りてしまうのを、おれは最後まで用心深く確認すると、皆のほうに顔を戻した。それから思い切って、子供の頃に爺ちゃんに聞いていた話を伝えたのだった……。
「竜だと?」
タツユキさんが一番に食いついてきた。
「竜尾身です」
「いや、それは分かっている。トカゲ改め竜尾身か。しかし、俺はヘビ改めだ。そんな奴は食ってやる。しかも、ただのしっぽじゃないか。べらぼうめ」
「でもタツユキさん、こんな話を信じてくれるんですか?」
恐るおそる尋ねる。
「おうよ。そんなこと分かりきってるじゃないか。だいたいお前は、『でも』だの『いや』だのが多すぎるんだよ」
京子と同じようなセリフを、ぐさっと吐く。
「そうだよ、欽ちゃん」
米さんが同調する。
「私たちを何だと思っているんだい? こんな話なんて言うけどね、私たちは実際に何十年間もわらわんわらわの呪いに脅かされてきたんだからね。しかもその魔力を封じてきたのは、ここに居る登世さんだ。信じない訳ないじゃないか」
そうそう、こんな展開が以前にもあったような気がする。この人たちは呪いだの、祟りだのいう話には慣れっこになっているし、この屋敷をめぐる不思議で悲しい物語をみんな信じてくれたではないか。
聞いてくれるだけでもいいのに、それを信じてくれる。それだけでおれは、大きな力を与えられたような気がしたのだった。
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