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四百弐拾四 妖怪、竜尾身

「おい、大変だったな」

「よく頑張ったわね、欽ちゃん」

 皆が寄ってくる。


「ご迷惑かけました」

 恐縮して頭を下げながらも、子供の時分に爺ちゃんから聞いた話を、だんだんとおれは思い出していた。


 

 爺ちゃんは庭の芝生の手入れをしながら、こう言っていた。


 欽之助、このカタバミを見てご覧。一見、小さくて可憐な姿をしておるが、こうして丹念に指でたどってみると、細くても意外と茎は丈夫だし、根も方々にしっかりと張っておる。だから、こいつを根絶するのは容易ではない。


 ところが、同じカタバミはカタバミでも、こっちのやつはどうかな? こいつはおっ立ちカタバミと言ってな、姿なりは大きいし、目立つものだから、簡単に引っこ抜ける。


 人間もそうじゃよ。威張る者、さかしらぶる者は、叩かれて直ぐに消える。かたや、物言わず地をう者、石にかじりつく者、踏みつけにされる者は強い。

  

 地味な仕事でも、損な役回りの仕事でも、最後まで粘り強くやり抜く。これは、優れた人間の一つの特質なんじゃな。うまく行けば大成し、他人も自分も幸せにできる。


 だが、何かの事情でいったん歯車が狂うと、正反対に作用することがある。例えば、裏切られたり、罪を着せられたりした場合じゃよ。俗に、トカゲの尻尾切りってやつでな。


 切られた尻尾たちは、植物が地下で根を張らせていくように自らの姿を深く闇にひそませ、その時の怨みをエネルギーとしながら、徐々に仲間を増やしていくんじゃ。


 それから何だっけ……?


 さらに思い出そうとしていたら、突然、変な声がした。

「ううっ」


「きゃっ、お義母かあさん!」

 美登里さんが、悲鳴を上げる。


 見ると、登世とよさんが畳に両膝をついている。杖を両手で持って必死に体を支えているが、真っ青な顔には脂汗を浮かべ、今にも卒倒してしまいそうである。


「どうしたの、お義母さん? 大丈夫?」

 美登里さんがその肩に手を置き、心配そうに覗き込んでいる。


「おい、オフクロ! だ、大丈夫なのか? 救急車を呼ぼうか? そうだ、とりあえずそこの椅子で休むといい」


 寅さんが、ついさっきまで中野十一が座っていたソファを顎で指しながら、母親を横抱きにしようとした。ところが、パシッと払いのけられる。

「その椅子は駄目だ。呪われておるからの。それより、そこの板の間に木の椅子がある。それを持ってくるんじゃ」


 すると、寅さんがそうする前に、タツユキさんがさっとそれを運んできた。登世さんをうやうやしく支えながら、彼女が腰を掛けるのを手伝っている。


 登世さんも、「ありがとう、たっちゃん」などと言いながら、素直に従っている。


 タツユキさんの本名は「竜之」と言って、名付け親は登世さんである。父親のせいで生まれる前から蛇の呪いがかけられていたのだが、それを登世さんが修祓式を行い、蛇の霊を竜に浄化させたのである。だからタツユキさんは登世さんには頭が上がらないし、登世さんは登世さんで、自分がそうやって助けてあげた子供なものだから、たっちゃん、たっちゃんと言って可愛がっている。


 まるでどっちが本当の子供か分かりゃしない。寅さんはそう言っては、よくこぼしている。彼とタツユキさんの変な友情は、これからも続く。



 登世さんは相変わらず杖を両手で持って、顔をうつむけにすると、しばらく荒い息をしていたが、やがて静かになった。


 一本の杖と四本の椅子の脚が、畳にくっきりと食い込んでいる。まあ、古くて汚い畳だから構いはしないが……。


 皆が固唾を呑んで見守っていると、彼女はおもむろに顔を上げた。目を閉じたまま呟く。

「ああ、旺陽女(おうひめ)様の気を感じる。お蔭で、気分が悪かったのもすっかりおさまったわい。やはりあの方は、我らの救い主であらせられた」

 さめざめと涙を流している。


 椅子は確かに、あのクリスマスイブの日に、京子が腰掛けていたものだ。元は安太郎さんのもので、机や書棚と同じくマホガニー製の高級なものだった。


 おれは、さっきから気になっていたことを尋ねた。

「登世さん、あの椅子が呪われているって、どういうことですか?」


「さっきまであの男が座っておりましたから、けがれてしまいました。だから、はらい清めた後でないと、使ってはいけません。あの男自身が、呪われておりますからの」


「呪われているというのは、何にですか?」

 ついき込んで聞く。


「それは、私にも分かりませぬ。しかし、はっきりと感じたんですじゃ。さっき、あなたの気とあの男の気とが激しくぶつかり合いましたな。そこに閃光のようなものが発せられると同時に、ただならぬ妖気のようなものがほとばしり出ましての。一瞬ではありましたが、私はその毒気に当てられてしまったんですじゃ。いやはや、私としたことが迂闊でございました。

 ところで、その呪えるものの正体は、あなたご自身が一番よく分かってあらっしゃるのではありますまいか?」


「いえ、僕にも確証はないのですが……」

 登世さん、このおれに向かって急に変な敬語を使い始めたが、いったいどうしちゃったんだろう? 



 それはさておき、爺ちゃんの話の続きは、確かこうだった。


 その切られた尻尾どもは一つの怨念のかたまりとなり、妖怪と化してこの世界に姿を現すんじゃ。これを、「竜尾身りゅうびしん」と言う、と……。


 それから、こうも付け加えた。


 いつも言っているように、妖怪なんて人間に比べれば可愛いもんじゃ。しかし、こいつだけは違うぞ。もとは人間なんだからな。人間の怨みが積もりにつもり、固まって一つに集積した末に妖怪と変じたものだから、これほど凶悪で怖いものはない。だから、こいつにだけは気をつけないと不可いけないよ、と……。

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とはいっさい関係がありません。

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