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四百弐拾 8時45分

「あんたは、ヤーベを従えた妖怪だと言われていたじゃないか。それなのに、だらしねえことと言ったらないぜ」

 タツユキさんが言う。


 中野は再びソファに腰を沈めると、長い脚を組んだ。じっと相手を見ながら言う。

「ふん。そう言われればそのとおりだ。しかし、人間界の闇に比べたら、妖怪なんて可愛いものさ。迂闊にも私ははめられたんだな、私の動きを快く思わない勢力にね。事を急ぎ過ぎたばかりに、しくじったようだ」


「ということは、あんたは最初から何もかも承知していたってえのに、責任を全て秘書におっかぶせたってことなんだな。この卑怯者め! これだから、政治家ってえのは信じられないんだよ」

 タツユキさんが吐き捨てるように言う。


「言い過ぎだよ。もうそれぐらいにしときなさい」

 早苗さんがたしなめる。


「なるほど、あんたがラウド・マエノメリティだったのか」

 中野は、二人を代わる代わる見比べるようにしながら微笑んだ。


「何だと! あんたからあんた呼ばわりされるいわれはない」


「ちょっと、アンタ!」


「おっと、これはうっかり口がすべっちまったな。だが、裁判は即決したんだ。今さらそんなことを言っても始まらない。それにしても皆さん、私や私の仲間たちのことをよくご存じのようで、嬉しい限りだ。もう力を失ってしまったのが残念だがね」


「それで、矢部さんはどうなったんですか?」

 今度は、寅さんが聞く。


「罰金刑で済んだよ。だが、私には大きな痛手だった。政治改革目前でこんなことになってしまったんだからね。もっとも、それで奴らの目的は達成できたわけだが……。

 いや、矢部のことを聞かれたんだったな。彼には辞めてもらったよ。もう、歳だしね。彼には本当に悪いことをしてしまった。私にとって彼は大恩人であるとともに、三番目の父親みたいな存在なんだ。だから、彼には十分報いるつもりだ。まあ、こんな話は、あなたがたには関係ないが」


 すると階下から、「コラー!」という大音声が聞こえてきた。

「この私を置いてけぼりにするとは、何事ぞ!」

 登世さんが叫んでいる。


「あっ、不可いけない。お義母かあさんのことを忘れてた」

 美登里さんが慌てて階段に向う。


 いや美登里さん、それで良かったんですってば。この上、あのややこしい人に登場されたんじゃ、いったいどうなることやら……。


 そう心配していたら、中野がおれのほうを振り向いて言った。

「さて、今日は一応退散することにしよう。君のパソコンとスマホは預からせてもらうよ。娘から連絡があるかもしれないのでね」


「それは困ります。どちらも私にとっては、必需品なんです。もし連絡があれば、すぐにあなたに知らせますから、それは置いて帰ってください」

 おれは、きっぱりと断った。


「ふん。実は君が帰ってくるまでに、パソコンでのやり取りを調べさせてもらった。ついでに君の書きかけている小説らしきものも読ませてもらったんだがね、いやあ、ハハハ……。君のものは駄目だ。あんなもので芥川賞を取って、京子と結婚するなんて笑止千万だよ。早く諦めて正業に就いたほうがいいぞ。君はまだまだ若いし、人生の無駄遣いになるからな。それに無職の君には、どちらも必要ないだろう」


「そんなことは大きなお世話ですよ。それでも持っていくとおっしゃるんなら、窃盗罪と侮辱罪とプライバシーの侵害で訴えますよ」


「ほお、やってみるかい?」


「ははあ、どうせ警察庁の深見刑事局長とやらを使って、捜査を妨害するおつもりなんでしょう? 心配しなくとも、必ずお知らせしますから。彼女がどうしてもあなたに知られたくないというのなら話は別ですが、そうではないようですからね。むしろ、彼女が何かの事件に巻き込まれてないかということが心配ですよ。あっそうか、もともとあなたは、そのことで私を疑ってたんだ」


 その時だった。

「お主がそんなことするはずがない」

 背後でおごそかな声が響く。


 半袖のシャツの上に紫色のチョッキ。茶色のモンペに草履姿。ガニ股で、杖をついている。もちろん登世とよさんだ。


「お主は京子さんをめとることになっているんだ。これは千年も前から決まっていることでね。それなのにそのお主にどうしてそんなことができようぞ」


 いや、この男の前でそれだけは言ってほしくなかった。


「何だい、このお婆ちゃんは?」

 中野が呆気にとられたように聞く。


「無礼者!」

 突然タツユキさんが、登世さんの右隣に寄って叫んだ。頭に巻いていたタオルをさっと取る。寅さんも農協の帽子を脱いで、左隣に立った。


 皆一斉にひざまずく中で、中野十一は座ったまま、秘書の四人と化野あだしの零児は突っ立ったまま、驚いたようにこちらを見ている。


が高い! この方を誰と心得ておる。ええい、控えい。控えおろう」

 タツユキさんが続けて言う。


「だから、誰なんだい?」

 と中野が目を丸くする。


「恐れ多くも、左に控えし伊勢木トラクタ……、いやもとい、伊勢木寅太の母上にして、かの由緒正しき印鑰いんにゃく神社の宮司であらせられますぞ。ええい、控えい。控えおろう」

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とはいっさい関係がありません。

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